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ロシアより愛を込めて

音楽

夜,ナショナル・コンサート・ホールにRTÉ国立交響楽団(日本で言うところのN響)の公演を聴きに行った。今日の公演テーマは「ロシアより愛を込めて」で,オール・ロシアものプログラム。オールロシアというのは珍しい気がしたのである。

FROM RUSSIA WITH LOVE
チャイコフスキー『フランチェスカ・ダ・リミニ』,Op.32
ハチャトゥリアン『ヴァイオリンとオーケストラのためのコンチェルト・ラプソディ』
プロコフィエフ交響曲第5番ロ短調


どれも初めて聴いたのだが,特に『フランチェスカ・ダ・リミニ』が大ヒットであった。家に帰ってからもリピートして聴きつづけているくらい気に入った。それでも足りずにこの絵(シェファー作,『フランチェスカ・ダ・リミニ』)をデスクトップ画像に設定するほど気に入った。
120%楽しむべく,コンサート開演前のプレトーク(TCD音楽学部の教授が曲目について講演してくださる贅沢イベント)も聞いてから臨んだのだが,これが書かれたのは1876年,チャイコがバイロイトを聴いた後であり,そのため劇的な展開にワーグナーの影響も強く見られるとのことである。
またこの曲のテーマとなったのはその名が示す通り,『神曲』に出てくるフランチェスカ・ダ・リミニの物語(第5歌)。以下,青空文庫から引用,訳は山川丙三郎。

われら一日こゝろやりとて戀にとらはれしランチャロットの物語を讀みぬ、ほかに人なくまたおそるゝこともなかりき
書ふみはしば/\われらの目を唆かし色を顏よりとりされり、されど我等を從へしはその一節にすぎざりき
かの憧るゝ微笑がかゝる戀人の接吻くちづけをうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者
うちふるひつゝわが口にくちづけしぬ、ガレオットなりけり書も作者も、かの日我等またその先さきを讀まざりき

この曲ではフランチェスカとパオロが翻弄される地獄の嵐,その中で繰り返される悲劇的な動機と,フランチェスカ・ダ・リミニの物語そのものよりは『神曲』地獄篇の世界観が色濃く表れているように聞こえたのも印象的だった。それも当然,この曲は『神曲』経由のフランチェスカ・ダ・リミニであるわけで,さらにその物語もフランチェスカ・ダ・リミニが自分たちの悲恋をダンテに語って聞かせるというものであるわけだから(そしてそれをさらにチャイコが作曲しているわけだから),ある種多重に構築された枠物語と言えるかもしれない。
ちなみにベルリンフィルを立ち見10ユーロで聴いて以来,ヨーロッパではクラシックを「安く」楽しんでなんぼではないかと思うようになったため,今回も最安のクワイアシートで聴いたのだが,今回は特にこの席で大正解だった。この曲を指揮する指揮者の表情が見られるというのは何物にも代えがたい喜びである。ひとつ難点があるとすれば,打楽器が見えない位置(というか彼らの真上―すなわちパイプオルガンの真下)に陣取ることになるため,この曲のように打楽器がばんばん打ち鳴らされる曲は大変心臓に悪いということであろうか。
他2つについては,まず何と言ってもチャイコフスキーのような帝政ロシア時代の音楽とはやっぱり全然違うなということを改めて実感した次第である。ハチャトゥリアンはよく言えば自由(現に教授はプレトークでこう言った),悪く言えばわけわからなかった。ヴァイオリニストは宇田川杰子(すみません,存じませんでした)という日本人だったのだが,申し訳ありません,寝ました。といっても彼女の演奏のせいでは全くなくて,単に私がハチャトゥリアンについていけなかったのである(加えて私は寝不足だった)。プロコフィエフはとても格好良かったが,いけいけソビエト進め人民!な感じであった。まぁ,それこそロシアものの醍醐味ではあるのだが。
指揮者はカザフスタン人のAlan Buribayevさんという方で,調べてみるととても若い(33か34)。誠実かつパワフルな指揮で結構好みだった。2015年までRTÉの正指揮者を務めるようなので,少なくとも私がこちらにいる間はこの人の演奏がまた聞けるらしい。さらにRTÉ自体,実はあまり期待していなかったが結構よかった。楽しみがまたひとつ増えた。これからも足繁く通おう。