読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世界は美しく見えてくる

「わたしの好きな本は『虚栄の市』です。わたしの好きな登場人物はアメリアです。[...]登場人物はほかにベッキー・シャープもいます。[...]」

……そこで「最初読み始めたときはアメリアが好きでベッキーは嫌いだったのですが,読み進めていくうちにベッキーのたくましさに惹かれ,ベッキーが大好きになりました」とか言え!

と思いながら20世紀初頭の子供の書いた読書感想文(史料)を読んでいたが,残念ながらそんなに現実は都合よくなかった。女の子は都会で裸一貫で成り上がる女にあこがれたりもするのだ!という根拠にしたかったのだが。こんな風に,史料を読むという営みはすこぶる地味に見えますが,内心では興奮と期待と失望とが入り混じっています。

ところで昨夜は宣言通りKAT-TUNダブリンライブを決行(迷った結果,2010年の『NO MORE PAIN』にしました)。楽しかったー。キスマイも大活躍でしたし。ひさびさに「バックのジュニアを見る」楽しさを感じた。

反省点としてはやはり,「これからはちゃんとソロ曲を見よう」ということであろうか(私はソロ曲にほとんど興味がないので飛ばす確率が高い)。特に亀ソロは,ごめん,笑った。キスマイが大活躍しているにも関わらず笑った。わざわざ『SWEET』で何をイメージした世界観なんだこれは。なんで吸血鬼なんだ。しかしたぶん会場にいたら感心しながら見るのだろうけど,DVDで見ていたらジャニーズコンというのはなんであんなに笑えるんでしょうね。嵐でもキスマイでももちろん笑える。そんなこともありつつ,やはり亀の圧倒的なカリスマ性にはもはや恐れ入るばかりであった。ジュニアに入りたての頃なんてただの野球少年だったのに,ニノのキャッチボール相手だったのに,サングラスを外すだけであの盛り上がりよう*1。やはり自説をより強く信じざるを得なくなった。彼らは輝いているからジャニーズに入るのではない。ジャニーズに入って輝くのである。

そして「盛り上がらねえと命はねえぞ!」の掛け声。ああ,KAT-TUN魂だ,と思ってうれしくなった。最初見た時は嫌で仕方なかったこの演出。なんでチンピラが必要なのかとばかり思っていたが,やはりKAT-TUNは是が非でもジャニーズに必要なグループであると改めて思った。その異端性。そして異端は彼らだけでよい。彼らにしかつとまらない。当初キスマイがKAT-TUN路線を目指しているように見えた(さすがにオラオラはしていなかったが)ときすぐに「違う」と思ったが,そういうことなんだろうと思う。性的なものを連想させるような振付だの演出だのがすぐあったりして,コードにひっかかるんじゃないかこれはと冷や冷やさせつつもいきなりものすごいアイドルっぽさを見せたりして,おのおのメンバーが好きなことをやるから一見統一感がなく,最終的に馬に乗って登場したりする(のはN.M.P.だけですが),それがKAT-TUNのライブでありKAT-TUNだと,ファンを名乗るのはおこがましいような立場ですが思っています。

*1:亀がサングラスを外すタイミングというのはいつもKAT-TUN魂の見どころです。