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Jimmy's Hall

ケン・ローチの新作,Jimmy's Hallが今日から公開になったので,アイルランド語でお世話になっているシェーマス翁ときゃりーと一緒に見に行った。

ジミー・グラルトンという人物の実話に基づいた話。1930年代のアイルランド(リートリム州),10年間アメリカに渡っていた後でアイルランドに帰ってきたジミーは,渡米する前に開いたダンスホールをもう一度開く決意をする。娯楽のない町の人々は喜ぶが,教会や新生アイルランドにとって,イングランド文化の流入であり人々を堕落へと導くダンスホールは「敵性文化」である*1。当然神父や警察をはじめとする当局からの風当たりは強く,ジミーをはじめダンスホールに関わる人々は様々な困難と直面することになる。という話。

「田舎+よそもの+よそものがもたらす今までなかった何か」と言えば真っ先に思い浮かぶのは『ショコラ』だし,一瞬ちょっとアイルランド版『ショコラ』を期待してはいたのだが,ケン・ローチが『ショコラ』を撮るわけはなかった。そして今回のこれは,残念ながら『ショコラ』ほどの傑作には程遠かった。

まずはなんといっても,やはりケン・ローチの映画でこれを言っちゃおしまいだが,始終政治的主張が強すぎること。冒頭から,当時のアイルランドの状況を説明する字幕にも「イギリスから押し付けられた(imposed)条約を……」と書いてあったりして,おおう,となる。またダンスホールについても,人々はホールを娯楽目的だけではなく,アイルランド語を勉強したりイェイツの詩を輪読したり(!!)子供たちを対象とした絵画教室を開いたりといった目的で,一種のカルチャーセンターのような役割を果たしている,という描き方をしている。これはたぶん背景知識がないとわかりにくいのだが,Irish Ireland*2を標榜していた1930年代,デ・ヴァレラの時代のアイルランドのまさに意に沿うことをやっていたわけである。それなのにダンスホールの形を取っており,また経営者のジミーが共産主義者であるという理由で頑なに拒絶される,ということを強く意識しているわけであり,権力 vs. 民衆というくっきりした二項対立の構図がここでも描かれている。

あと,実話に基づいているということもあるのだが,結局何にスポットを当てたいのかよくわからない。冒頭近くで述べられていた「戦友として(イギリスからの)独立のためにともに戦った仲間が,市民戦争では敵味方になってしまう」悲哀はそれこそケン・ローチの代表作である『麦の穂を揺らす風』で主眼となっていたことだし,さらにそれから10年経って「今は赦し(forgiveness)の時代」だというのならまさに受け容れがたいものを受け容れ認め合う,それこそ『ショコラ』の世界なのだが,そのどちらとも違う。ということは昔コミュニティのリーダー格だったジミーがニューヨークから帰り,勇んでダンスホールを再開するも,保守的な町の人たちから疎まれねたまれ爪はじきにされ……という田舎の悲劇になるのかと思ったがそれも全然違う。結局,この物語にはこれといって山場もなければ落ちもない。

しかしその中でも評価すべきところは,神父の心が揺れ動く様子をきちんと描いていたところかと思う。これまでの映画の主流がそうだったように(『アンジェラの灰』『マグダレンの祈り』あたりが代表例)カトリックをただ抑圧的な「当局側=敵」として描くのではなく,きちんと血の通った存在として描いていた。警察もジミーを逮捕しに来たとき,ジミーの母アリスに紅茶を振る舞われ,自分が通っていた学校にアリスが『宝島』を寄贈してくれたのを今でも感謝しているなどというほっこりしたエピソードを語ったりする。結局当局側の人間もコミュニティの一員である,ということを今回は意識して描いている気がしたように思えた。それは中立的でとてもよかったと思うし,コミュニティ(特にこういう田舎のそれ)をただ陰惨なものと決めつけるのではなく,きちんとありのまま描いていた気がする。そういう意味でも今回の作品は深みがあった,ともいえるのではないかと思う。

ところで,私は博士論文において人々の読書に焦点を絞って研究しているが,娯楽の形態が増えた後世になると,もちろんダンスホールや映画なども新しい規制の対象になる。が,いかんせん1920年代以降くらいのことは不勉強きわまりないので,きちんと勉強しなければと反省しきりだった。検閲をめぐる議論とかもちゃんとわかっておかないとなぁ。

*1:余談だが神父の説教の中でジミーのダンスホールは「アングロ=サクソン的である」と非難されていた。この時代,といっても19世紀からずっと,「アイルランド的」でないものは(必ずしもイングランド起源でないものも含めて)「アングロ=サクソン的」として非難の対象になるのだが,これは私の専門の根幹にかかわる言説なので大興奮。

*2:アイルランドアイルランド,とでも言おうか。要するにアイルランド文化を大切にするアイルランド,とでもいったような意味。こういうと聞こえはいいが,国粋主義的な偏狭さを強く持っていた。