読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

帰国のこととゴドーと代価と

7月始めから8月始めまで1か月間,日本に帰国しておりました。何をやっていたか一言で言えば,まぁ,キスマイに耽溺しておりました。7/26(高校時代からの友人なっちゃんと),7/27(母と妹と),そして8/2(人生初の「単独」)とコンサートツアーに「参戦」し,またその間キスマイつながりの友人たちと会い,なかなかキスマイにみちみちた帰国となり大変満足しています。しかも7/26はスタンドのアルファベット列という「神席」で,スタンドマイクを用いる『ツバサ』の時など数分間千賀くんを目の前で拝めるという幸運でありました。同行の友人なっちゃんはこの日完全に二階堂高嗣に陥落し(三塁側はニカちゃんと千賀君と玉ちゃんの出現率が高かった),私もお連れした甲斐があろうというものでした。さらにDREAM BOYSはFC枠に外れてしまったのですが,一般枠で取れたA席のチケット2枚を友人が譲ってくれ,さらにそれがS席のチケットと交換していただけるという僥倖にもあい,次の帰国では人生初のドリボを観劇できることになりました。何やかや本当に恵まれています。これもひとえに友達に恵まれたためと感謝しきりです。

さてこちらに戻ってから実に2週間何をしていたかというと,まぁ帰国直後の例にならい,抜け殻のように過ごしておりました。まぁでもこちらに戻ってすぐにピアノの先生ご夫妻がこちらに観光にいらしたのでご案内したり,論文書いたり,思ったよりずっと寒かったために風邪気味になったりしていたので,完全に何もしていなかったわけではないのですが。こちらに戻ってからやったことのメインはいくつかの劇を観たことなので,それらはこのまま忘却するにはもったいないことでもありますし,ちょっとこちらで劇評じみたものを書いておきます。備忘録代わりに。

1. サミュエル・ベケットゴドーを待ちながら』(Smock Alley theatre)

去年の10月(だったかな)に引き続いて人生2度目のゴドー。ただし前回はゲイエッティ・シアターだったが今回はスモック・アレーだったので会場の規模がかなり違い,印象も全然違った。

個人的な好みとしては,去年のゲイエッティで観た方が好きかなと思った。今回のはだいぶ役者たちが大げさに演じているかなといった印象。ゲイエッティはどちらかというと淡々とした演じ方だったので,浮浪者ふたりがただただ時間をつぶすためにくだらない話をする「だけ」の『ゴドー』の世界観には合っているような気がした。

またこの演劇のスパイスであるポッツォとラッキーだが,2人とも役者の演技が上手すぎて,ラッキーが本気でかわいそうになりかけた。ポッツォ役の役者さんがたとえて言うなら吉田鋼太郎のような人で,横暴な演技がやたらとうまく,またものすごく通る声でラッキーを怒鳴り散らすのである(たぶんあの人,リア王役とかめちゃくちゃ上手なんじゃないだろうか)。ラッキーはラッキーで白塗りで幽霊のような形相だし,首に巻かれた綱の周りはちょっと赤くしてあって変にリアリティがあるし,でウラディーミルのIt's a scandal!というセリフがやけに真に迫って感じられた。ただし,やはりラッキーが「think」する場面は小さい劇場で観ると迫力が違いますね。

2回観たが,やはり私には『ゴドー』が初演時不評だった理由がよくわからない。もちろん何も起こらないし,わかりやすい起承転結はないが,その分なんかクセになる不思議な浮遊感があるし,何よりセリフの掛け合いが純粋に面白いと思うのだが。

2. アーサー・ミラー『代価』(Gate theatre)

大雑把に言うと,1/3が夫婦喧嘩,1/3が古道具屋ソロモンの独壇場,1/3が兄弟喧嘩なので,観ていて結構辛かった。うーん,これは初めて観たのでそれ以上の感想が出てこないけれども(演技がどうだったかとか比較することもできないし),大恐慌がアメリカ人の心に落とした影というのはたぶん私が考えるよりもずっと深く暗いものだったんだろうと思う。大恐慌が境になって家族が破綻したのではなくて,「破綻するものなんて最初からなかった,なぜなら最初から破綻していたんだから」というあきらめに似た気持ちはたとえば日本の震災後の文学にもちょっと通じるものがあるような気もした。あるいは第二次大戦後とか。