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PRONI

5時半に起きて7時に家を出て8時のバスに乗り,ベルファストへ行ってきた。ベルファストもう飽きたよ……

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今日の目的地はここ,PRONI(Public Record Office of Northern Ireland)。タイタニック・カルティエにあるモダンな建物で,背後にはこの通り,ベルファストのシンボルであるハーランド・アンド・ウルフ社*1の黄色いガントリークレーンも見える。この「H & W」印のガントリークレーンを見るとベルファストに来たなと思う。私自身が造船の街である玉野市の出身なので,ベルファストにはどこか親近感を覚える。

初めての文書館というのはいつでも緊張するし,なんだか使いにくかったりもするものだが,ここはそんなことはなかった。頼めば史料もすぐ出てくるし,史料の写真を撮ることは許されていないがスキャンならできると言われたのでUSBを持って行ったのだが,恐る恐る「この史料を全部スキャンすることは可能なのか」と聞いてみたら「え,だってどこにもノーとは書いてないよ」とのお答え。かくして私は計画通りすべてスキャンしてきた。学生には時間があり金がないものだが,金があるのならさらなる時間をその金で買うのだ。*2

しかしスキャンしてしまうと,予想外にまだ13時半であった。到着が12時前でそれからカフェテリアで昼食をとってから作業にとりかかったので,実質の作業時間は1時間半弱。さっさとやってさっさと帰ろうとは思っていたが,片道2時間半かけて来ているのである。さすがにこれで帰るのはもったいない。そういうわけでとりあえず閲覧室を出てリサーチルームに行き,ちょっと研究のテーマなど相談したいのでアーキヴィストと話がしたいのだがと相談してみた。間もなくアーキヴィストが出てきたが,そのアーキヴィストは訛りの強い英語を話す,黄色いBeastie BoysのTシャツを着たおっちゃんであった。チェッチェチェッチェッチェッチェチェケラー*3。彼の指示に従い「literary club」で調べてみると,ひとつ新しい史料が出てきたので,とりあえずそれを請求してみた。ものすごいブレイクスルーをもたらす史料というわけでもなかったが,プライベートなサークルで互助的な選書がどのように行われていたかということを示すいい史料ではあった。スキャンするには手持ちのポンドが足りなかったので,必要そうなところだけWordに打ち込むことにした。最近手稿を読んでいなかったので多少不安だったが,思ったより難なくやりおおせた。とりあえず予想していなかった史料も手に入ったことだし,この時点で18時頃になっていたので,ようやく納得してPRONIを後にすることにした。

今日なんとなく思ったことは,史料調査というのが,論文執筆にまさるともおとらないほど歴史家としての「総合力」を試される作業であるということ。特に史料を書き写すときはすべての史料が美しく書かれているとは限らないし,美しい筆跡であっても読めないものは多々あるのでそのあたりは適宜想像と推察で補完しなければならないのだが,この推察においては英語のボキャブラリーだけでなく,自分の専門知識なども試されるものである。今日感動したのは「Carleton」の判読に成功したことであった。これは本当にぐちゃぐちゃと書かれていたが,文脈から言ってこれはウィリアム・カールトンの著作の話だろうと当たりを付けることができた。他には「Halifax」が読めたのもうれしかったし,書き写していた史料ではないが最初にスキャンしていた史料の中に「Miss Lanyon」という名前を見つけ,これはおそらくベルファストの名家Lanyon家の子女だろうと考えることができた。もう博士課程も5年目になるのだから当たり前だが,思っていたより19世紀末のアイルランドを専門とする歴史研究者として成長することができているかもしれないと思ってうれしくなった。

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PRONIの隣のオデッセイ・アリーナはベルファストのアイスホッケーチームのホームであるらしい。その名もベルファストジャイアンツ。おそらくはジャイアンツ・コーズウェイの巨人伝説から取ったものだろう。

研究者になったらひたすら引きこもって本を読んで書いて好きな研究に明け暮れる日々が続くと思っていた時期もあった。しかしそれが違うと気づかされたのは早かった。特に博論は「足で書く」ものだと日本の指導教官から言われた時,私は目の前が真っ暗になった。しかし今こうして,何やかや嫌がりながらもまあまあいろいろなところに史料調査に出向いている。距離としては大したことないが,メイヌースに行ったり,出版社の倉庫でほこりまみれの引き出しを掻き回したり。たぶん一生こうやって生きていくのだろう。予想以上に脳が疲れたらしくて甘いものが欲しくてたまらず,バスに乗る前にターミナルのCaffe NERO(きゃー!イギリスっぽい!イギリス領来てる感じする!)でバナナキャラメルフラッペを買って飲んだが,夕暮れのベルファストを発つ前のささやかなご褒美はしみじみおいしかった。

*1:タイタニックを建造した造船所です。

*2:この資本主義的な考え方に少しでも違和感がある方は,ミヒャエル・エンデの『モモ』をお読みになるといいと思います。

*3:そういえばBeastie Boys,メンバーが癌だという報道があったが大丈夫なのかなとこの時気になり,後から調べてみたら,2012年に亡くなっていたようですね。全然知らなかった。心からご冥福をお祈りします。Ch-Check it outもなんだかただの浮かれた歌として聴けませんね。