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終わらないJourney Journey

ただいまSEKAI NO OWARIなど聴きながら必死で執筆に励んでいるが,RONBUN NO OWARIは一向に見えないまままた夜が更けようとしている。18時過ぎに夕食(それも小さなカップラーメン)を食べて以来何も食べていないので,なんだか変な時間にお腹も空いてきた。加えて私は今日夕方に襲い掛かってきた睡魔に負けて午睡してしまったので,きっと今夜は眠れないことであろう。Welcome to the "STARLIGHT PARADE" 星が降る眠れない夜に。縁起でもない。Sexy Zoneに変える。ジャニーズはすべてを忘却させてくださる。

気分転換に読むのは東大文学部HPのエッセイ「私の選択」である。これ,しばらく読んでいなかったのだが,最近こちらの日記のアクセス解析をした際,以前にこのページの紹介をした時の記事が出てきて,それで思い出した。やはり,いつ読んでも面白い。研究と学問の喜びに充ち満ちている。先生方がそれを素直に表現していらっしゃるのにも好感が(とか言ったら畏れ多いかもしれないが)持てる。以前は他大学の似たような連載もよく読んでいたのだが,なんだか取り上げられる先生方がよく「研究者になろうだなんて思ってもいなかった,気がついたらここにいた」という旨の書き方をなさるのがちょっと合わないので,最近はあまり読んでいない。これは批判しているわけではなくて,私自身が昔から研究者になりたい,なろうと強く望み,果ては「私はおそらく研究者になるものだ」と変な思い込みをしていた人間であるので,「研究者になろうなんて考えたこともなかった」先生方の体験談はあまり参考にならないと諦めたのである。やっぱりちょっとだけ批判めいたことを書くと,こういうのってもしかして,ちょっと斜に構えて書いてらっしゃるんじゃないかという気がしないでもない。研究を続けるって,私のような思い込み人間は置いておいても,やっぱりそれなりに覚悟の必要な選択であると思うし,つぶしもきかないし,家族を含む周囲の人々の理解と支援あってこそ可能なことである(それは先生方も書いているが)。当の本人に「研究者になろう」という強い意志のようなものがなければ可能なことだとはとても思われない。なんとなく進路を決めかねている学生を元気づける目的でわざと書いている面もあるのかもしれないが,強固な意志を持って研究者になろうとしている学生にとっては「えー,うそでしょ」としか思われないような気がする。まぁ,恥ずかしいですもんね,「小さいときから勉強が好きでした!『ガリ勉』と言われてよくいじめられました!研究者になりたかったので猛勉強しました!研究がんばりました!それで今の自分があります!」って。でも,ガリ勉が仕事なんだからいいじゃない,と思うのだが。むしろ誇らしいじゃない。なんだか努力することが恥ずかしいことだとか,がんばることが恥ずかしいことだとかいう考えがこんな名門大学のしかも先生方にまで浸透しているとしたら,それは悲しいことである。まぁ,がんばっていることやがんばったことをひけらかすのがいいとは思わないが。このへん,たとえばピアニストとかの方がわかりやすくスポ根な書き方を好むと思う。おもしろいことではある。

……こんなものを書いている場合ではない。こんなことばかりしているから,いつまで経ってもRONBUN NO OWARIが見えないのである。しかもこれは博論とは関係ない投稿論文だから,このRONBUN NO OWARIが見えなければいつまでも博論に戻れずHAKUSHI NO OWARIも見えないということになり,つまるところSEKAI NO OWARIである。我ながらとてもくだらないし,こんなことを考えるようになった思考回路で今から執筆に戻ってもろくなものが書けるとは思われない。