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The Riot Club


The Riot Club - Official Trailer (Universal Pictures ...

原作の劇のあらすじ を読んである程度覚悟はしていたものの,予想をはるかに超える胸糞の悪さであった。

まずこのThe Riot Clubというのは,オクスフォードに実在するダイニングクラブであるBurlingdon Club(現英首相デイヴィッド・キャメロン他政財界の大物が多数在籍していた)をモデルにしているらしい。こういった大学の会員制クラブの文化は日本ではあまりなじみがないものかもしれないが,要するに「特権階級だけが集まって大いに楽しむ」という説明でいいと思う。たとえば『ソーシャル・ネットワーク』で描かれるようなアメリカのアイヴィー・リーグ大学のこうしたクラブは(少なくとも建前は)成績上位者を選ぶことが多いが,なんてったって貴族の国イギリスである。このThe Riot Clubの入会者は原則的に「ハーロウ,ウェストミンスター,イートン,ウィンチェスターの出身者に限られる*1」。フー↑↑。冒頭,アリステアとマイルズの入寮のシーンがあったが,こやつらの描写からも明らかであるように,一族郎党全員がオクスフォード出身とかいう人間がゴロゴロ集うのがイギリスの名門大学(特にオクスブリッジ)である。アリステアとマイルズは入会のためのイニシエーション(これも『ソーシャル・ネットワーク』でもやってましたね)を受け,晴れてご入会と相成る。またマイルズにはローレンという彼女も出来,前途洋洋の大学生活の始まりである。

そして物語の山場となる村のパブでのディナーである。オクスフォードなんてそもそも街全体が大学のようなものであり,重厚でアカデミックな雰囲気と言えば聞こえはいいが,裏を返せば陰鬱で象牙の塔な雰囲気の街である*2。しかもそれもオクスフォードの町中だけで,イギリスなんてどこもそうなのだが,ちょっと中心部を出ればすぐにド田舎というかもはや山の中へと変貌する。舞台となるBull's headというパブもそんな人里離れたところにあり,メンバーたちは「おいウェールズまで行くのか?」とか言いながらパブを目指す。

パブの店主は本当に,イギリスやアイルランドのパブでよく見かけるタイプの典型的な「パブの親父」である。オクスフォードの学生様がグループでご予約だというので店主は必死でウェイトレスの娘と一緒に個室を飾り付ける。「オシャレになったな」とか言っているのがとても悲しい。パブは普通は地元の常連が訪れるところのようで,イブニングに身を包んだ学生たちがぞろぞろ入ってきたら客連中は一斉に静まり返る。店主は大喜びでもてなすが,学生たちは大声で騒いだり娼婦を連れ込んだりやりたい放題やり,しまいには個室を打ち壊す(クラブはもともと乱行で悪名高い)。

結末までは書かずにこのへんで止めておこうと思うが,胸糞が悪かった(美しくない言葉を何度も使って申し訳ありません)のはたぶん,このすねかじりのクソガキども(美しくない言葉を以下略)の乱行そのものもさることながら,それを描く人間の風刺というか皮肉というかもっと言えば悪意が直接的に伝わってくるものだったからである。もとの演劇を観たことがないのでどうなのかわからないが,もしかして個室を破壊するシーンなんかはステージ上ではもう少しコミカルに描かれているのかもしれない。なんか映画だと生々しすぎる。それはそのあと店主に訪れる悲劇もそうなのだが,とにかく目を覆いたくなるようなやり方である。

またクソガキどものミソジニーをうかがわせる描写も,それが男性の手による無邪気なミソジニーではなく,女性である原作者によってより拡大されて描かれている感がある。たとえば上記の娼婦チャーリーは「エスコート」と呼ばれる類の高級娼婦なのだが,彼女に「君の席はテーブルの下」などと言ってオーラルセックスを要求したりする。私はそういうことはやっていないの,とその場を去るチャーリーはとても格好良かったが,そのあとマイルズが席をはずしているうちにアリステアがローレンを呼び出し,金をやるからと言ってまたもやオーラルセックスを要求(どれだけ欲求不満なんだこいつら)。このときの描き方が一番ひどかった。メンバーのひとりはローレンに「これだけあれば3学期分の学費が払えるんだぜ,口座番号教えてくれたら今振り込むからさ」とか言ったりする。彼氏マイルズも他のメンバーに怖気づいて「君次第だよ」とかサイテーなことを言う。ちなみにここで被害にあいかけるのは原作ではウェイトレスとなっているようなので,きっとインパクトを大きくするためにわざとローレンに変えたのだろうと思う。つまり,こいつらは同じオクスフォードの女子学生であっても娼婦同然にしか扱っていないのだと。ちなみにローレンは冒頭でマイルズと話していた時「私がオクスフォードに行くと言ったらパパは泣いて喜んだ」と言っていたので,きっと一族郎党みなオクスフォードというようなクソガキどもとは違う階級であるのだと思う。

またさらに胸糞が悪いのは,このクソガキどもに対する「下々の者」たるパブの店主ならびに客たちの態度がとても卑屈であるということである。クソガキどもははなから平民どもなどナメてかかっているのだが,上に書いた通りイブニングでパブに入ってきたら静まり返ったり,クソガキどもがディナーの最初に『神よ女王を守りたまえ』を歌っていたら一緒になって階下で歌っていたり,とやたら卑屈である。笑ってやればいいのに。このあたりも原作者の「こういう奴らを甘やかす社会も社会だ」という主張が透けて見え,非常に恐ろしかった。最後,すべての責任を負ったアリステアはメンバーの一人の叔父(これも原作と変えてあるらしい)であるジェレミーと会い,今回のことはありがとう,いい弁護士をつけてやる,将来の保証もしてやる,といったような旨のことを言われる。ジェレミーがこの時に言う"We don't lie, we just adopt"という言葉が胸糞の悪さをさらに重ね塗りする。こうして彼らは政治を学び,政財界へ出て行くのである。

と,最初から最後までまぁ胸糞の悪さのオンパレードのような映画だったのだが,ひとつ気がついたこともあった。私はこういう陰惨な事件はどっかで自分とは関係ないと思っていたが,別にこういった類のことは地元のヤンキーの専売特許であるわけではなくて,どんなに頭も出自もよい人間であっても起こしうるということである。特に「伝統」がやたらともてはやされ,悪しき伝統までも「伝統」の名のもとに受け継がれてしまう文化は日本もイギリスも変わらないのだから。帰ってから読んだこの劇評 の最後の一文が私の感想そのものである。「笑い事じゃない,全然笑い事じゃない」。

*1:これ以外も言っていたかもしれないが私が聞き取れたのはこれだけでした。

*2:ただしこの辺は私の個人的屈辱が反映されて大いなる偏見に充ち満ちているので,みなさまあまり参考にはなさらないでください。かわいいカフェとか服屋さんとかあるし,まあまあいい街です。