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28にもなって

9月下旬からさきおとといまで,再び日本に帰国しておりました。日本でのメインイベントはなんといっても友達の結婚式参列でしたが,念願の『DREAM BOYS』(9/24昼公演)を観たり,KAT-TUNのコンサート(9/27夜公演)に行ったりと,ジャニーズ関係も相変わらず充実していました。そしてお寺での結婚式は大層美しく披露宴も楽しく,遠路はるばる帰国して本当によかったと思いました。人前でピアノを弾くのが久しぶりだった割には,ブラームスもまあまあうまくいったし。

そしてアイルランドに帰って来てみると,最近水道代の徴収が始まったことを受け*1,にわかに節水モードが高まっていた。私が住んでいるシェアハウスのシャワーにもメーターが取り付けられ,使うたびにいちいちそれを記帳しなければならないというしみったれたシステムが導入されたのだが,これによって私の帰国願望は(もともと一時帰国から戻ってきたばかりで日本に帰りたい想いが最高潮なところをさらに)跳ね上がった。もはやここまでくるとセンチメンタリティからではなく,いたって冷静に,何やってんだろう私と思ったのである。28にもなって。

だってそうでしょう。日本では法曹の華々しい階を駆け上るご夫妻の素敵な結婚式にご招待をいただき,28にもなってまだ学生身分である自分をちょっと顧みたばかりであるというのに,私がアイルランドに戻ってやっていることはこれ,シャワーの水量の記帳。28にもなって。水道代を節約するとか,節水するとか,それはわかる。しかし記帳までって,こんなみじめなことがあろうか。しかも記帳するものだからみなさまに筒抜けになるわけで,そうなると「昨日○○でしたね」とかコメントをいただくことになる。シャワーの量についていちいちコメントをいただくなんて,姑か?私は数人の姑と生活を共にしているのか?そもそもこの記帳システムはそういう,端的に言えば相互監視体制が目的であるようなのだが,私はもとよりシャワーに限らず,身の回りのことについて*2人から何か言われること自体好きでない(というか好きな人なんているのだろうか)。そういうことを言い始めたらシェアハウスに住むこと自体が間違いだと言われそうだしそれは一理ある。しかしむしろ,共同生活においてはなおさら,人の生活に過度に干渉しないよう細心の注意を払わなければならないと思うのだが。これはうちに限ったことではないと思うが,シェアハウスってだいたいメンバーが固まってくると当初の緊張感が薄れ,楽しければいいじゃんピースピース,的ななあなあが蔓延しだす。これが嫌なのだ。特にうちはそれ,顕著だし。

しかしまぁこうした変化のおかげで,前にもまして強迫観念的にパソコンの前に向かえるようになったのはいいことだとは思っています。何が何でも,一分でも一秒でも早く,博論仕上げて日本に帰ろう。就職して好きなように暮らそう。衣食足りて礼節を知るとはよく言ったもので,「生活水準の低下」を甘く見てはいけないと思い知りました。

*1:それまで水道代は無料だった。

*2:極論を言えば,料理しているとき「今日は何作ってるんですか」とかも極力言われたくない。