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酒を飲め,麗しき女と

私は今顔にパックしてこの日記を書いているわけだが,こちらではパックなんてほとんど貼らない。理由はひとつで,見せる相手もいなければ,相手がいないにしろパックつけてまでルンルン準備するような気分になる出来事もほとんどないからである。日本では毎日のようにつけていたなぁと懐かしく思う。ああすべてがキラキラしていたあの頃。

というのも昨日私は若干やらかしたのである。いや,やらかしたとは言わないかもしれないが,昨日近所にあるよさそうなパブというかバー*1に行ってみたのである。実際素敵なバーであった。ダブリンは今地ビールがものすごくブームになっているので,一杯目はゴールウェイのGalway hookerという地ビールをいただき,まぁそれはおいしかった。よろしくなかったのはその次である。せっかくバーにいるのだからカクテルくらい飲みたいじゃない。いかんせん私は東京で一人でバーに行っていた女である。バーでトムコリンズを飲みながら読む松本清張ゼロの焦点』は,ああ,まったく頭に入らなかった。だってそもそも「私に話しかけるな」の符牒として本を持っているだけだから特に読みたいわけでもないのである(『ゼロの焦点』は既に読んでいた)。話が脱線してしまったがやはり私はバーでカクテルを飲むのが好きなのだ。来る前からすでにギムレットを頼もうと決めていたのだが,ふと私はメニューに見慣れないカクテルをみとめた。目新しいものの魅力にはどうしても抗えない。Sazeracというそのカクテルを,私は頼んでみることにした。Wikipediaにも日本語ページができていないところを見ると,日本ではあまり知られていないのかもしれない。ウィスキーをベースにアブサンを混ぜるらしいのだが,20世紀転換期を研究している人間は「アブサン」の言葉だけで酔いしれるはず。ゴッホを,ヴェルレーヌを,ロートレックを,早すぎる死または狂気へ誘った禁断の酒。もし私がバーレスクダンサーになることがあったりしたら,絶対に芸名に「アブサン」をあしらいたい。それくらいアブサンは強烈な魔力を持って私を魅了するのである。ウィスキーにアブサンを混ぜるこのカクテルは,どんなに頽廃的な味がするのだろうか。うっとりしながら出来上がりを待った。しかしここのバーテンダー,なんとなくポンコツであった気がするのは気のせいだろうか。シェイカーを片手で振っているうえ,同行したきゃりーの証言によれば「レシピ見ていた」らしい。一抹の不安がよぎったころ,私たちの前に注文した酒が供された。

……みどり?

いや,代表的なメロンリキュール「ミドリ」ではなくて,注文したSazeracの色。ネットで見る限りでは茶色だった。なのに私の前に出てきたのは,美しい緑色の液体であった。おかしい。そんなはずはない。3/2オンスのライ・ウィスキーに対して,アブサンの入る量は1/4オンスなのだ。しかもアブサンはグラスを洗うようにして使うだけであって,そのまま入れたりはしない。あくまで風味づけである。だからどう考えても,酒は茶色をしているはずなのだ。なんで,緑。これはまるで,アブサンベースのカクテルではないか。

そしてそんな凶悪な飲み物を飲んだ後,私が無事であるはずはなかった。いや,飲んでしばらくはよかった。程よく酔っ払って,家に帰ってきゃりーとキスマイBUSAIKUなど見ながら談笑し,眠くなったのでそろそろ寝ようかな,明日は犬の散歩だし,そう思って部屋に引っこんで,それからだった。あれ,立っていられない。世界が回る。とてもシャワーを浴びられる状況ではなかったので,ベッドに倒れたのだが,公園の遊具のようにベッドをぐるぐる回されるような感覚が私を数時間苦しめ,何度かトイレに駆け込んだあとようやく立てるくらいにはなり,シャワーを浴びて寝たのである。しかしシャワーを浴びる間,一刻も早く寝てしまいたいとしか思っておらず,ボディクリームやヘアオイルはおろか,化粧水もつけずに髪を乾かして即就寝してしまった。これが冒頭につながる罪悪感の源である。つまりこのパックは私の贖罪である。

しかし私もえらいことをしてしまったものだ。早生まれでつい油断していたが,私は29歳を迎えるまであと2か月を切った身の上であった。しかも私は未婚,肌やら髪やらにはどれほど手をかけてもかけたりないくらいであるのに,よりによって肌に何も乗せず,よりによってこの乾燥した冬のヨーロッパで一晩過ごしてしまった。行きずりの相手と一夜をともにするようなことがあれば,翌朝こんなやっちまった感を味わうのだろうか。全然レベルの違う話ではあるが。今朝は7時に起き,きちんと犬の散歩の任務も全うしたが,おそらくアブサンにウィスキーを一滴垂らしただけの凶酒(そうとしか考えられない)の威力はもちろん一晩でさらりと私を去ってくれるはずもなく,今日は午前いっぱい二日酔いに苦しむ羽目となった。酒に強いことの難点は,二日酔いに慣れていないことである。震える指で痛む頭で「二日酔い 治し方」と検索したが,しじみのみそ汁を飲めだの,こちらではできないことばかり書いてある。とりあえず情報を取捨選択し,「水分補給して」「とにかく寝る」ことに徹した。ありがたいことに学生なので,二日酔いに苦しみながら出社したりする必要がないのがせめてもの救いである。潔いほどの廃人っぷり。我ながらアブサン飲むだけのことはある。

このせいで今日は毎週参加しているアイルランド語会話にも参加できず,スカッシュの練習にも行けず,まことに反省しきりであった。バーに行くのは美しい大人の女のたしなみ,わかりやすく「飲みすぎた」のではないにしろ(結局昨日は3杯しか飲んでない),バー行って変な酒飲んで悪酔いしてボディケアもせず二日酔いに苦しむというのでは本末転倒である。胃も荒れ放題だし,今日は本当に後ろめたい日であった。必死に研究にいそしんでいたのはこれも贖罪のつもりである。かっこいい大人の女にはまだ遠いようです。それからSazerac,あれは一刻も早く禁止薬物に指定されるべきだ。せめて酩酊の中で幻覚でも見ていたら,今頃ド・クインシーかネルヴァルよろしく幻想詩のひとつもしたためていたであろうに,ただ夢も見ず寝ていたのはこの混沌に満ちた日記をご覧になればおわかりのとおりである。ささやかな抵抗として,今日の日記のタイトルはオマル・ハイヤーム『ルバイヤート』の一節にしておく。

*1:こちらです