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頼りになる恋人がいればなあ

本日こちらのaskにお答えしたのだが,その中で取り上げたエドナ・オブライエン「アイルランドの酒宴」は本当にいい短編小説だと思う。ぜひぜひみなさまにも読んでいただきたいと思うので,こちらで少し詳しく取り上げる。

アイルランド短篇選 (岩波文庫)

アイルランド短篇選 (岩波文庫)

 

 この短編については以前もこちらで取り上げているので,よほど私の印象に残った作品であると言ってよいと思う。しかし前回の記述は,ご覧になればおわかりの通り,ほぼこの作中に登場する「掻き混ぜた卵の白身を入れた赤いゼリー」のことにとどまっている。改めて読んでみて,自らのゼリーに対する執着に戦慄した次第である。ゼリー食べたい。

今回書きたいのは,前掲のaskのテーマである「結婚願望」についてである。この短編小説は大変皮肉な物語である。田舎に住む少女(といっても当時で言えば適齢期)メアリはある日,町のホテルで開かれるパーティーへ招待され有頂天で出かけるが,実際には彼女は下働き要員として招かれたのであり,またそのパーティーはひどいもので,男女問わず下品な会話に晒され続けたメアリは翌朝這う這うの体で逃げ出し,家路につく。そこでメアリが思うことがこの,「頼りになる恋人がいればなあ」なのである。この一言,全然脈絡がないので,最初は幾分唐突に思える。たとえばこれが「パーティーなんてもう懲り懲り」とかだったらずいぶんスムーズに読めただろう。しかしそこでいきなり,「ああ,恋人いればなあ」と思うというのは,どうも納得がいかない。しかもメアリはパーティーでオトゥールという男に散々セクハラされた後であり,男なんてもう真っ平,という思考回路であってもおかしくはないはずである。

でも最近ようやくこれがわかるようになった。わかるというか,体感している。askの回答にもしたためた通り,いわゆる「適齢期」でありながら相手もおらず,結婚の兆しがない女にとっては,結婚や恋愛があたかもデウス・エクス・マキナのようにすら思われるのである。それはもはや結婚や恋愛の実体ではない。強いて言えばイデアである。結婚や恋愛の実体を離れて肥大化したイメージである。もちろん,ちゃんとした理由はある。私も最近大家と揉めた時,真っ先に浮かんだのが「こういう時彼氏がいればなあ」だった。要するにこういう時,家族以外の絶対的な味方がほしい,という理由である。もちろん彼氏にしろ夫にしろ,必ずしも「絶対的な味方」であるとは限らないのだが。そしてそれを思った時に,はっとこの時のメアリの言葉が浮かんだのだ。これだ,これが「頼りになる恋人がいればなあ」の心境だ,と。

ただこれは「こんな時に恋人がいれば慰めてくれたりするかもしれない」という思考なので,一応筋道は通っている。しかしこれが高じると,現在の膠着した状態を打開する唯一の方策こそ,誰かと結婚することだと考えるようにすらなってしまうのである。結婚さえすれば,こことは違うどこかに行けると思ってしまう。結婚さえすれば幸せになれるはずだと思ってしまう。期待と理想ばかりが膨らんで,実体とはどんどんかけ離れていく。これこそが「結婚願望」を長く持つことの一番の危険であろう。結婚願望と一言で言ってもいろいろあり,特定の恋人を持たない人間のそれの場合,「結婚さえすれば」という思考とイコールになりがちである。そうなれば実際に結婚できたとして,待っているのは現実とのギャップばかりではないか。そう考えてみると恐ろしい。結婚はおろか相手すらいないうちから恐ろしい。

この「アイルランドの酒宴」の作者であるエドナ・オブライエンは,女性ならではの感性で女性の心情を細かく表現することに定評のある作家である。代表作『カントリー・ガール』は女性の自立を性描写も含めて描いた作品で,検閲に引っかかって発禁処分を受けたりもしている。「アイルランドの酒宴」を初めて読んだとき,華やかな場に憧れる田舎娘がそこに幻滅してやはり田舎に安らぎを見いだすという描写は確かに素晴らしかったが,それくらいであった。しかし最近ようやくわかった気がしている。この小説の醍醐味は,あの最後にぽつりと出てくる「頼りになる恋人がいればなあ」に集約されているのではないかと。そしてそれこそが,オブライエンが鋭い感性で描き出した女性の心情なのではないか。

さて。そんなことに今頃やっと気づく私というのは,女性としてどうなのか。ただし,年齢によるものもあるかもしれないとは思う。そう考えれば私も,初めてこれを読んだほぼ2年前から比べて,良く言えば成熟したというか,悪く言えば年を取ったというか,そういうことなのだろう。田舎(岡山)も大都会(東京)もまあまあ都会(ダブリン)もすべて経験した田舎娘の感慨は,こうして読書の際にも共感につながるし,研究にはとても役立っている。人生何が役に立つかわからないものだ。