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私は誰に

重い腰を上げて東京滞在中の予定を確認し始めたが,もう誰に会えばいいのかどこに行けばいいのかわからなくなってきた。そうこうしているうちにサークルの同期がクリスマス会をやったとの報が届く。いいなぁ。サークル同期にはもう少し早く言っておくのだった,とちょっと後悔した。

しかし,そもそもこういうとき誰に声をかけるべきなのか,前回か前々回の帰国くらいから結構考え込んでしまっている気がする。単に東京滞在が短いときがあるというのが一番の理由なのだが,私の帰国スパンは半年に1回で,そんなに長いわけでもない。社会に出たら,半年ごとに会えれば,それはもう「頻繁に会っている」にあたるんじゃないか。だから帰国のたびごとに会っても,新情報って特になくて,結局同じようなことを話して終わったりする。それが楽しいからそれでいいのだけど,せっかく帰国して会うならもっと何年も会ってない人とか,会ったことない人とかに会った方が世界が広がることもあるんじゃないだろうか,とかああだこうだと考え込み始めると結局候補者が絞り込めず,連絡を後回しにする。そうこうしているうちに帰国が迫ってきて,あわてて5日前くらいにFacebookに「帰ります」と申し訳程度に投稿したりする。なんかこのところ,こんなことばっかりしている気がする。そもそも,帰国の予定を確認するのに「重い腰を上げて」ってどういうことなんだ。私は誰に会うべきなんだろうか。 私は誰に会いたいんだろうか。

Never Let Me Go

Never Let Me Go

 

 こんなときこそイシグロだ,『わたしを離さないで』だ。そういえば最近の英語教科書では最初に習う例文が「My name is....」ではないらしい(その代わり,「I am....」を習うらしい)。「古臭いから」とのこと。しかしそんなことを聞いたら,この本の冒頭「My name is Kathy H.」を思い出さないわけにいかないではないか。「My name is」,言われてみればそうそう聞かないが,かといってまったく使わないでもないから,特に「古臭い」表現だとも思っていなかった。それが本当だとしたら,この「My name is Kathy H.」は,内気なキャシーのぎこちなさをも表しているのだろうか。確かに最初読んだとき,そのあとに続く「I'm thirty-one years old」も含めて,なんだか型にはまった自己紹介だなという印象は受けたのだが。幸いこちらでは英文学者に囲まれているので,今度ご意見を聞いてみよう。