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「読書と人々」シリーズ第2回:I'm 全集holic

まず,昨日書いたこのシリーズの第1回「アイルランドでは一般市民が専門書を読むんだぜ」をたくさんの方が読んでくださったことに,心からお礼申し上げます。留学のことや自分の専門に直接かかわることについて,多くの方に読んでいただけるというのは,それはもう望外のよろこびです。ただ,やみくもにシリーズを立ち上げたものの,これをどのように走らせるか全然考えていない。実は。たまたま今日も第2回を書くけれども,必ずしも「毎日書きます」というわけではありません(そんなに毎日読書ネタを思いつかないので)。そういうわけで,気長にご覧くだされば幸いです。

さて,今回はアカデミックでもなんでもなく,完全に自分の話で申し訳ないが,私の全集愛を語ろうと思うのである。私はなんだか人様から読書家だと思われているらしくて,よく「どんな本を読んだらいいか」とか「おすすめの本は」とか,そういう質問を受けることが多い。たとえば最近だと,

理系の大学院生という方からAskでこんなご質問を受けた。私は自分の読書量が「読書家」と胸を張れるほど多い自信はいささかもないのだが,そうは言っても受けたご質問には誠心誠意回答させていただくのがプロフェッショナル仕事の流儀である。

それにしても,こういうご質問をいただくたびに思うのだが,こういう時に最適な回答なんてあるのだろうか。まず,私はこの質問をくださった方のことを「夏目漱石は読み飽きた理系院生」としか存じ上げていない。あくまで私の好きな文学作品を聞かれているのだから素直に答えればいいのだが,そうは問屋が,そうは文学部大学院生の矜持が卸さないのである。*1そもそも「好きな○○」って,その時その時でかなり違うと思われませんか,みなさん。

そういうわけで,上の回答をご覧いただければおわかりの通り,私はこういうご質問を受けたとき,そのときに思いついたもののほか,全集をお勧めすることにしている。そうでなくても全集をお勧めしている。いや,ほんと,全集読んで。まず全集読んで。お願いだから全集読んで。

まず日本文学なら中央公論社の『日本の文学』。

 たぶん多くの人がご覧になったことがあるだろう。私の場合は,両親の実家どちらもに全巻そろっていた。昭和のミドルクラス家庭が子供の教育のために,百科事典とともにこぞって買い求めた文学全集である。残念ながら私の両親はどちらも開いた形跡すらなかったが,私は貪るように読んでいるから,祖父母の出費は無駄ではなかったはずである。*2じいちゃんばあちゃん,本当にありがとう。

しかもこれ何がすごいって,付録で作家同士の対談やら,ドナルド・キーンの解説やらまで読めるのだ。この他に類を見ない贅沢さ。また,全集はどれもそうだが,作家の作風やジャンルごとに選定されているので,その日の気分によって選ぶのが比較的容易である。思想的にも偏りがないのがいい。私はこれでプロレタリアート文学もしっかり読むことができたし(葉山嘉樹小林多喜二・徳永直の巻),ちょっと「飛びたい」時には内田百間牧野信一稲垣足穂の巻を選んだし,短歌を読みたい時には柳田国男斎藤茂吉折口信夫の巻を選んでいた。1960年代の出版だから,私と同世代,もっと広く20代~30代の方なら,おそらくおじい様おばあ様のおうちを狙えば,全巻そろっている可能性は高い。この全集は,昭和ミドルクラスの衒示的消費の象徴として本棚に陳列されたまま埃をかぶらせておくにはあまりに惜しい。さぁ今週末はおじい様おばあ様のおうちへ!元気な顔も見せられて一石二鳥!

それから海外文学に関しては,今何よりもお勧めしたいのは池澤夏樹選の河出書房世界文学全集。

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)

オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)

 

 これはすごい。出る巻出る巻鼻血ラインナップ。この全集の出現は,実にここ10年の私の読書ライフで1,2を争う大事件だった。もちろんこの日記にもよく登場している。記念すべき初登場はこの記事だったようだが,「この全集,なかなかどうしてよさそうである」などと,なぜか6年前の自分が冷静を装っているのが憎たらしい。いやいや。『オン・ザ・ロード』,『存在の耐えられない軽さ』,『アブサロム,アブサロム!』,ああ!今もタイトルを羅列しただけで戦慄が!動悸が!ああ!わかりやすく例えるならば,合コンで知り合った殿方が「趣味は読書で,今は○○を読んでいます」とこの全集の中のタイトルをひとつでも出そうものなら,私はすぐにその方にロックオンするだろう。このセレクションはそれほどまでに,私にとってストライクゾーンど真ん中なのだ。今も昔も。

この全集,なんといっても,「古典」というには新しい作品を主に扱っているのがいい。よく「時の試練」という言葉が用いられるが,ここで取り上げられている作品はどれも「『時の試練』は十分に経ているけれども,その先の一歩がなかなかおぼつかない」ものばかりだと思う。文学の素養がある人や読書家*3なら当たり前に知っているが,そうでなければ全く知らないか,もしくは名前だけ聞いたことがある,というくらいの。そして,この二者の間に横たわる溝はかなり大きく深い。それを埋めることのできる,まことに稀有な全集だと思う。

ちなみに私自身も,恥ずかしながら,この全集で扱われているような作品はほとんどが「興味はあるけれども読んだことがない」ものだった。これが出てからというもの,この全集が所蔵されている総合図書館4階に足しげく通っては,ほくほく1冊か2冊借りて帰っていたものだ。司法試験の勉強に明け暮れる法学部学生を尻目に。たまに西武池袋のデパ地下で何か甘いものを買ったりして,家に帰ってコーヒーを淹れて,コーヒーの香りとともにどきどきしながら未知の世界へと入っていくあの感じは,もはや娯楽や歓楽といったレベルではなくて法悦だった。ちなみに読んだ作品の中で一番心に残っているのは,モラヴィア『軽蔑』*4モラヴィアについては作家の名前しか知らず,彼の代表作が『軽蔑』であることも知らなかったくらいなのだが,この全集で読むことができ,そしてとても心を動かされた。そもそも,もともとはこの巻に同時収録されているエリアーデの『マイトレイ』の方が目当てだったのだが(宗教学者としてのエリアーデしか知らなかったので,エリアーデの書く小説に興味があった),本当にこの全集に入ってくれていてよかった。こうして偶然の邂逅があるというのこそ,全集をひも解く楽しみである。つい最近だが,同じ河出書房から,今度は日本文学の全集も出始めたそうだ。ああ,いいなぁ。

全集は本当にいいものだ。教養主義から古典を求めて手当たり次第に読むのも楽しいし,もしくはもともと自分の興味のあった作品が全集に収録されていて,それを手に取るついでに他の作品に出会うのも楽しい。知らなかった扉が次々に開いていく。オペラ座の怪人に連れられて地下に赴きながら"And do I dream again?"と胸を高鳴らせるクリスティーヌのように。また日本で言う「全集」はその実「選集」なので,選定されたタイトルを見て「おお,そう来るか」と思うのもまた楽しい。この面倒くさい,しかも途中で感情が昂ぶって収集がつかなくなっている*5記事を最後までお読みくださったみなさま(がもしいらっしゃるなら),本当にありがとうございました。お口直しにぜひ全集をお読みください。

*1:また面倒臭い方向に走り出しましたので,このへんでブラウザバックをおすすめします。

*2:母方の祖父母がもと住んでいた家が取り壊されることになったとき,車を走らせてこの全集を救出しに向かった。その時の記事がこちらだが,我ながら惚れ惚れする。なんといってもあの小林秀雄の文章を「ふん,聞き飽きた表現だ」と一蹴し最後には「流麗なアラベスクに落とされた一点の墨滴のよう」とワケわからんことを言っているのだ。ちょっと何言ってんの21歳の私。

*3:いわゆるhigh browという読者層です。

*4:上のAskの回答でもおすすめしている。

*5:私,この記事の中で何回「ああ!」と叫んだ?