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いい女的瞬間

すべての女には「いい女的瞬間」というものがあると私は思っている。この「いい女的瞬間」というのは相対的なものではなく絶対的なものである。つまり,だれが何と言おうと,「あ,私,今,いい女っぽい」と悦に入る瞬間,その時こそが「いい女的瞬間」である。だからこれはジェンダーフリーな用語として使っていただいて結構なのであって,例えば「いい男的瞬間」もありうると思っている。ただ私は男性でないからわからないだけである。

私の「いい女的瞬間」,それはとりもなおさず作業に入る前にバナナクリップで髪をまとめる瞬間である。別に私がうぬぼれているわけではなくて*1,(現在進行形で)髪をまとめている女の人って,なんかよくないですか。色気があって,少しばかり物憂げで。そういうわけで私はほぼ毎日,院生室で髪をまとめるとき勝手に悦に入っていた。あっ,私,今そこはかとなくいい女っぽいわとか,そこはかとなくデキる女っぽいわとか。笑うなら笑えよ。

しかしながら最近,院生室で間食をするという悪癖を身に着けてしまった。そうなると,髪を触った手でものを食べるのは非常に気になるのである。いや,食べる前に洗えばいいことなのだが,そもそも髪に触った手をそのままにしておくということ自体が気になり始めた。そういうわけでごく最近は,学校に着いて荷物を置いたらまずお手洗いに行って髪をまとめて手を洗ってから院生室に行くようになった。すなわち私の「いい女的瞬間」は公にならなくなってしまったという,ただそれだけの話である。公だった今までだって誰も見ていなかったと思うし,なぜ公にならなくなったかと言ったら間食のためであるわけで,それは誰のせいって,私のせいに他ならないのだが。

しかし,失われたものを嘆いていても仕方ない。次なる手段はネイルである。最後に風邪をひいた時(11月くらいだったと思う)爪がボロボロになってしまって今なお治っていないので,まずは爪をきれいに,せめてもう少し伸ばさなければ。ネイルはいいですよ。よく「男性は見ていない」とか言うけれども,反対に女性はしっかり見ている。世界中の女性の共通言語と言っても過言ではないのではないか。自分ではネイルをやっていない人も,人の爪が可愛ければ素直に褒める。今よりもずっと英語がヘタクソだったころ,ハウスメイトがネイリストの資格を持っていていつも私の爪をきれいにしてくれていたために,こちらではずいぶん会話のきっかけになった。これから留学やワーホリをお考えの女性のみなさま,語学に自信がなければまずは爪を美しく彩ることから始めてみてください。

しかし,書きながらつくづく思うけれども,なんなんだ,「いい女的瞬間」って。でも実際にあるんだから,しょうがないじゃないですか。ただ私だけだったら困るので,今度友達にも聞いてみよう。*2

読書は浮気ばかりしていて,今日も新しくキアラン・カーソンの散文集『The Star Factory』とエリザベス・ボウエンの短編集を借りた。今読んでいるのはカーソンの方だが,私はこの人の言っていることを理解できた試しが本当に少ない。でも,わからないなりに楽しい。また感想も書けたらいいなと思う。

*1:だって「いい女っぽい」であって「いい女」ではないしー。

*2:ついでだから言うと,もうひとつの「いい女的瞬間」は炭酸水を飲んでいる時です。ペリエとかサンペレグリーノとかそんな高級品でなくていい。炭酸水でありさえすればそれでいい。飲み物に水を選ぶ「意識の高さ」と,しかしそこに炭酸が入るジャンキーさ。ワルイねぇ。