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ならば,もう一度

先週日曜日,ひさしぶりに休んで家で1日ダラダラすることに決めていたのだが,そう決めると土曜の夜からものすごく楽しかった。いや,何をしたわけでもなくて,ただ家でテレビを見たりしていただけなのだが。これが休みか,ならば,もう一度,とニーチェのごとき心境に至ったため,今週も日曜(つまり今日)だけ休んでみた。

しかしながら休みというのは,今の私にとって「論文を書かない日」に他ならない。まず,この休みの定義からして間違っていたと思われる。論文書かないなら,ということで様々な書き物の予定を入れてしまった。その結果,気ばかり焦ってちっとも休んだ気にならなかった。しかも書き物は結局仕上がらないし。おまけに今週は,明日指導教官と面談があるほか,火曜水曜は修道院史料調査,そして土曜日にはリムリックで学会と,これ以上ないくらい忙しい。なので,今日はもう書き物を途中やめにして寝ようと思っているが,いろいろ反省している。休みは本来「何もしない日」「好きなことをしていい日」にするべきだった。ただ罪悪感を積み上げただけの日になってしまった。

学術研究者になるには―人文・社会科学系 (なるにはBOOKS)

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 いろんなところで言ったり書いたりしている覚えがあるので,この日記でも以前に書いたことがあるかもしれないが,何度でも書く。昔読んだこの本に,研究者は「休みだから遊べる」と思うようではダメであり,「休みだから腰を落ち着けて研究できる」と思うものだ,と書いてあった。私はこれを読んで,私なんか大丈夫だろうかと思ったものだが,今や立派に研究者の思考回路である。今日は「休みだから腰を落ち着けて研究できる」ではないものの,「休みだから平日に取り組めなかった論文を書く以外のことに着手できる」と思ってしまった。結果,疲れた。そして大して成果は上がっていないという体たらく。スケジューリングはいつまで経っても課題でありつづけるようです。「これが休みか,ならば,もう一度」,私は全く別の意味で再びこの心境に至っている。書き物を仕上げたいから,もう1日休みが欲しい