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今日はクエーカー

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もはや宗教施設探訪記の様相を示してきているこちらの日記,さすがにアクセス数が落ちてきて読者のみなさまには申し訳ないことこの上ないのだが,でも今日何をやったって,南米の集落の長老のごとくマジック・リアリズムな話をいきなり語り始められるわけもないのである。そういうわけで今日は,ダブリンの最果てにあるアイルランドのクエーカー教徒の本部に行った話をするのです。ちなみにこうした建物の外観写真はただこの日記に載せるために撮っているわけではなくて,史料の写真を整理するときサムネイルで見てわかりやすいように,その日の図書館や文書館の写真を史料調査の前に(たまに忘れて後になってしまいますが)必ず1枚撮っているのである。いつも構図も何も考えられていない酷い写真であるのはそのためです。言い訳はここまでです。

そもそもなぜ今日ここを訪れたかというと,私は今史料として読書会の記録を扱っていて,その読書会のひとつが主にクエーカーによって組織されたものであったからである。加えて,その読書会メンバーにはかなり有名なクエーカーもいる(Alfred Webbとか)。このWebbの自伝の手稿の中に件の読書会についての記述があると知り,はるばるやってきたのである。おとといはダブリンの南,昨日はダブリンの北東の方,そして今日はダブリンの南の果て。ダブリンの中だけを動き回っているとは言え,3日史料調査が続くとさすがに疲れてきた。方向音痴の私にとっては,知らないところに行くというだけで大冒険なのだ。

そしてこの本部に入っている図書館,なんと1週間で木曜日だけ,それも11~13時の2時間しか開いていないという非道さ。そんな短い時間開けるくらいなら,むしろ開けないでほしかった。それならまだあきらめもつくのに。しかし一方で,歴史研究者をその専門とする時代や地域にかかわらず結びつける共通の話題は何といっても,海外の図書館や文書館への愚痴である。私には絶好の話題ができた。そして行ってみたら友人アレックスに遭遇するという,これまたわけのわからない展開が待ち受けていた。この図書館を教えてくれたのは確かに彼女なのだが,それでも前話したときは「クエーカーの図書館があって,1週間に2時間しかやってないんだよ」「マジで」くらいだったのだ。「私ここに来てるってマイに言おうと思ってたんだよ」「私もアレックスに言おうと思ってたよ」とひとしきり笑った。ダブリンは本当に小さい街である。

しかし,2時間しか開けてくれないのには閉口するとしても,対応してくれた職員というかボランティアのみなさんはとても親切だった。クエーカーについてはほとんど知らなかったので,今日だけでいろいろ勉強になった。なんでもクエーカーはクエーカー同士でだけ結婚する原則だったようで,クエーカー以外の人間と結婚したらクエーカーではなくなる規定であるらしい。しかしこの「クエーカーではなくなる」ということは,いわゆる「破門」のようなものでもないみたいなので,理解するのがなかなか難しい。日本人として海外の歴史を研究している時,一番困るのはこのあたりかもしれない。こちらの人が自分の信仰として無理なく体感している宗教的な感覚が,私にはわからない。当たり前なことが当たり前ではない。それはいいことでもあるのだが。

明日はひさしぶりに史料調査の予定がない。最近全然書くことができていなかったので,それだけでずいぶん開放的な気分というか,なんでもできるような気さえする。