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大人ジャニオタへの道:穏やかに落選を受け入れる4つの方法

今日はひさしぶりに史料調査の予定が入っていなかったので,朝からとても開放的な気分であった(なので今日は修道院やらクエーカー本部やらの話ではありません!みなさま喜んで!)。シアタークリエで開催される『ジャニーズ銀座2015』*1の当落を知るまでは。結論を言うと,落選しました。そもそも5月の公演なのでほとんど諦めていたのだが,申込み締め切りが近づくにつれてどうしても諦めきれず,帰れるかどうかは当たってから考えようと思いながら,半澤暁くんの出演するB公演に申し込んだのである。

しかしそんなにダメもとではあっても,やはり落選するというのは残念なもの。そういうわけで今日はこの落選を無駄にしないよう,半分は自分に言い聞かせるために,「いかにして落選した公演を諦めるか」ということについて書いてみようと思うのである。ええ,どんな書き物だって半分は自分のためですよ。博論を書くのはある意味で自分のためにデータベースを作る作業だし,J・K・ローリングエディンバラの寂れた喫茶店で『ハリー・ポッター』を書いたのだって,もとはといえば自分が楽しむためじゃないか。なお,以下の文章は自己啓発本風に諭し口調になっていますが,これは私が言っているのではなく,私の中の別人格「マダム舞」が言っているのだとお考えください。

1. 人の幸せは祝福する

禍福はあざなえる縄のごとしと言います。ジャニーズのチケットだってそうです。特にTwitterなどにいれば,タイムラインは悲喜こもごもの様相を呈します。私はあまり「何公演確保~♪」とか得意気に吹聴するのは好きではない*2が,でもチケットが取れたから喜びたい気持ちもよくわかります。なのでお友達の当選は,素直に喜んであげましょう。足元から頭の先まで順番に発火して燃えてしまえとか,チケットが誤配送されて永遠に行方不明になってしまえとか,そういうことを思うのはあまり美しくありません(もちろん私がそう思っているわけではありません)。また,こうした感情的な反発ならまだかわいいものですが,それにもっともらしい理由を付けて当選した人を攻撃したりするのは非常に見苦しい。それはお門違いというものです。自分が幸せでなくても人の幸せを祝福するというのが女の心意気ですし,それができる人に次の幸せが舞い込んでくるのでございます(と私は信じております)。

そしてもし,当選した人や複数枚確保した人の発言に少しでも気分を害したなら,その人にその場で腹を立てるのではなくて,自分は当選してもそれをしないようにするということが大切なのではないかと思う。もって他山の石とせよ,というやつです。

2. 忙しくする

暇にしていると,どうしても「ああ行きたかったなぁ」という風に思考が停滞しがちです。しかしぼーっとしていても,あら不思議,目の前にじわじわとチケットが浮かび上がってくるわけではありません。し,しかもこれは「神席」!(もし浮かび上がってきたら,それは幻覚ですので,一刻も早く精神科を受診してください。)

それを防ぐためにも,まずは忙しくするといいと思います。しかも,できればこのとき,ジャニーズと全然関係ないことをやるといいと思います。仕事に熱中するとか,やってみたかった習い事を思い切って始めるとか。で,忙しくしているうちにいつの間にか公演のことを忘れていたとか,公演日が過ぎていた*3とかできればこっちのものだし,できなかったとしても,私はその時間とお金を使ってこんなに成長したのだと思えれば,自己満足もできようかというものです。

ちなみに私自身は,ほとんどのみなさまがご存知の通り,博士論文を書いている身であり,忙しく「し」なくても十分忙しいのです。だからそもそもこんな公演に申し込むこと自体どうかしているのだが,だって諦められなかったんですもの。そういうわけで,当初の予定通りではあるけれど,博士論文にしっかり向き合います。また3月から5月にかけては様々なものの申請シーズンでもあるので,それらをしっかりやります。こういう時こそ,ジャニオタでない部分の自分を大切にしましょう。もしかしたらその過程で彼氏ができるかもしれないし,プロポーズされるかもしれないし,望んでいる人は「オタ卒」に近づくかもしれないし。本当に忙しくなくても,忙しいように装うだけでいいのです。落選なんて気にしていないように装うだけでいいのです。Fake it till you make it(できるようになるまでそう装え)というやつです。

3. 好きなタレントのすべてを見られるわけではないと理解する

機会があるならすべてを目に焼き付けたいと思うのがジャニオタの性でしょうが,私たちが見ているものが彼らのすべてであるわけではありません。むしろ私たちが見ているものなんてごく一部であって,そのうちひとつを逃したというだけで何も変わりません。無理をして見られないものまで見ようとするから,プライベート写真を漁ったりスキャンダルを目にして余計嫌な気分になったりするのであって,必死であれもこれも欲しがることに何の利点もありません。見られるときだけ,それも見えるものだけを見るようにしましょう。

それに,人間は因果なものです。ひとつ欲を満たしたらまた次の欲が生まれるのです。行けたら行けたで「もっといい席がよかった」とか「あの席ずるい」とか思ってしまったりもするし,大満足で帰れるとは限りません。むしろ見ても近隣の観客がうるさかったとか,あの女花冠つけてやがるとか,前の席の女がバカみたいなリボンつけてるから視界に入って邪魔で仕方ないとか,そういうこともあるかもしれないし。

4. 「今は縁がなかった」と考える

今回,私は早々にこの思考にたどりついてずいぶん楽になりました。B公演の当選確率がそれなりに高い中で私が落選したというのは,やはりどう考えても「今は行くべきではない」とのお達しであるとしか考えられないのです。誰からのお達しって,そりゃ,神とか,仏とか,全知全能の存在とか,全知全能の半澤とか,そういう感じの。大いなる力とか,大いなる半澤とか,そういう。まあいいや。酸っぱい葡萄ではなく本当に,今回は当たったら当たったでどうしよう,と思っていたのです。(主目的として)ジャニーズの公演を見たいから博論の渦中に帰国しますなんて,さすがにちょっと,人に言えるはずもない。大人のジャニオタたるもの,人に言えないようなことは,やらない方がいいですね。

それにクリエはいつもそうだと聞くが,今回も人海戦術を展開しなければチケットを確保できない公演だったようである。ただ私は前にも書いたが,人海戦術があまり好きではない。なら,いいや。正攻法で取れないなら,もう仕方がない。

あと,あまり好きではないので箇条書きにはしませんが,「もっと不運な人のことを考える」という方法もあります。私はよく,Kis-My-Ft2宮田俊哉くんのことを思い浮かべます。アニメオタク,しかも『ラブライブ!』の大ファン(ラブライバー)として著名な彼はきっと,もっとひとりのファンとしてイベントやライブに行きたいでしょう。しかし彼は芸能人。行動の自由はきわめて制限されています。かたや私は海外に住んでいるとはいえ,一般人。行こうと思えば行けるというだけで,私はどんなに恵まれた存在でしょう。むしろ海外に住んでいるからあきらめもつくという面もあることを考えれば,日本に住んでいるのに行けない方々の方がよほどお気の毒です。

落選を受け入れる方法は,ざっとこんな感じです。ジャニーズの公演の落選以外にも,人生には様々な「どうしても諦めたくないことを諦めなければならない」瞬間が存在します。自分の好きな服と自分に似合う服が違うとき。自分の好きな仕事と自分に向いている仕事が違うとき。自分の好きな人が自分のことを好きでないとき。人は生きている限り,どうしても理想と現実の差に直面し,そしてそれに折り合いをつけなければいけません。そういうとき,変えられないものを変えようとじたばたするか,変えられないものを受け入れられるか,どちらかで人間の価値はずいぶん変わってきます。まずは一旦,自分の置かれた状況を受け入れて,その中でできることを探すということが大切なのかなと思います。

それにしても,落選の受け入れ方というのは,なんと失恋の受け入れ方に似ていることでしょう。そこいらの女よりも多く失恋し,多く不毛な恋をしている分,ジャニオタは強くたくましく美しく,そして楽観的になっていかなければならないと思います。

まばたきの間に君を見逃すよ追いつけないよちょっと待ってよ

おまけ。クリエ落選の報を受けて浮かんだ短歌。ほら,かなしみはこんな風に昇華することもできます。 

*1:ええ,いつものことだがジャニーズのネーミングセンスは独特なんでございます。

*2:しかも,それって名義の貸し借りを大声で叫んでいるようなもんだから危険だとも思うのですが……。

*3:あ,公演日には必ず予定を入れましょう!必ず!