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批判だけをする楽しいお仕事です

チュニスの博物館で銃撃があり,日本人観光客3人が犠牲になったという痛ましいニュースを受けて,なんだかまた夜学校を出る時などが怖かった。しかも今回は最初から外国人が狙われていたという。博物館を狙うなんて本当に信じられないが,外国人を狙うというのも本当に卑怯で言葉も出ない。そしてさらに絶句したのが,これを受けてまた「自己責任」だのなんだのという声が多く聞かれたらしいことだ。

私たち歴史学研究者がおそらく一番大切にしているであろう態度とは,ある人物や事柄について「結果論で評価をしない」ということである。たとえば私たちはヒトラーでさえ,最初から巨悪と決めつけたりはしない。E・H・カーが言うように,歴史学とは過去との「対話」であり,今既にある前提を振りかざして過去を「評価」するのは私たちの仕事ではない。何かうまくいかなかったことに対して,さらにその結果が既に出ている状態で,「なんでそんなことしたの,バカじゃないの」と言うことは不毛だし,「対話」になっていない。自分は確実に安全なところにいて,明らかに悪いとわかっている人や間違っているとわかっていることを批判する。それはとても卑怯な態度である。

しかしどうも世の中には,とにかく批判をすることが「自分の意見を持つ」ことと同義なのだと勘違いしている人が多いらしい。たとえばこれは小保方さん事件の時も思ったが,ある程度のことが明らかになってから,少なくない人が「なんでコピペなんてしたの」「そんなことをするのは悪いに決まっている」と彼女を糾弾した。でも,本当にそんなに多くの人が「コピペはよくない」と知り,そしてその倫理を遵守していたのか。大学時代は平気でコピペしたレポート(や,下手すりゃ卒論)を提出していたような人々が,小保方さんの一件で初めてコピペを悪だと知り,しかしその時には自分がやったことも忘れて,コピペはよくないと最初からわかっていたかのように糾弾していたようにしか思えない。だって剽窃の基準というのは,実は本当に難しいのだ。何も知らない学部生がやるのと博士論文を書いている人がやるのとではもちろん罪の重さが違うだろうが,こういう剽窃事件が明らかになるたびに,大学は冊子などを作って何度も何度も大学院生に教え込むのだ。我々は我々で,今の引用は剽窃になってしまわないだろうかとか,ものすごく神経質に検分を重ねるのだ。それくらい繊細でかつ重大なことなのに,一般市民にまでそれがあまねく浸透していたとはまったく思えない。

そして今回のこともそうである。そもそもチュニジアがどこにあるかすら知らない人も多かっただろうに,いざこのようなことが起こるや,付け焼刃で調べて「政情不安定らしいじゃん」とか言って死傷者を糾弾する。いつからこんなことになってしまったのかと思う。こういう物言いはとても嫌いなのだが,日本以外で「自己責任」なんて論調を聞いたことがない。しかも,明らかにものを知らない人が「自己責任」などと覚えたての言葉を使う子供のように口ずさんでいるのはまだいい。*1今回目にして一番腹が立ったのは,「私なら行かないな」と言いつつ,「でも,一番悪いのはテロ。犠牲になった方のご冥福をお祈りします」などと紋切り型の文句をつなげて理性を気取るものであった。*2しかもこういう言い方が多かったような気がするのは,おそらく後藤さんの人質事件の時,「自己責任論」の是非が少し問題になったからだろう。「私なら行かないな」と自分を「正しい」ところに避難させておきつつ,「一番悪いのはテロ」だの「ご冥福を」だのと正論を並べてとりあえず意見を言ったような気になって,さぞかしご満悦だろう。よくもまあ,そんな死者に鞭打つような物言いができるものだ。チュニジアは古代カルタゴの本拠地,そして日本からは割と行きにくい。ツアーに含まれているなら行ってみたいと思う人がいて,しかもせっかく行けるなら博物館に行ってみようというのは,もはや自然の流れではないか。それを考える想像力すらないのだろうか。ないんだろうな。チュニジアをただの「危険な地域」としか考えられないような人たちは,高校世界史なんてろくすっぽやっていないのだろうし。たとえばカミュを読んで北アフリカに行ってみたいと思うとか,そういうこともないのだろうし。そもそも海外に憧れるとか,そういう考え自体がないのだろうし。そして何より,起こってしまったことについて「全知全能」の立場で批判するのが卑怯だなどと,露ほども思っていないのだろうし。

それにしてもこの一連の論調,明らかに現代日本が抱える病巣が垣間見える気がするので恐ろしい。若者が海外に出たがらないということが今さら問題になって,あわてて大学が小手先で留学支援の策を練ったりしているが,そりゃそうだな,こんなくだらないことがあわや主流の論調になってしまう世の中では。そして行ったら行ったで,何かあったら冷たく「自己責任」と突き放されるようでは,ますます海外離れは加速する一方だな。まるでもう,鎖国じゃないか。しかも鎖国時代のように,海外に対して一種の洗脳状態にあったような時代でもあるまいに。死にたくなければ日本を出ないこと,確かにそれはその通りだ。しかしそういうことを言う人たちは,危険を冒して海外に行く人々のおかげで自分たちがのうのうと安全に暮らしていられるのだ,ということをぜひ忘れないでいただきたい。そして海外に出る人々(それが仕事であろうと旅行であろうと)につまらないことを言わないでいただきたい。

*1:見た中だと,「チュニジアみたいな中東に行く方がバカ」みたいなのもあった。せめて地図見ようよ。

*2:腹が立つあまり実際に目にしたものの1つを晒してやろうかとすら思ったが,それはさすがにやめておく。