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アイルランド語をきちんと使えるアイルランド史家になりなさい

最近デビューしたというアイドルユニット「カントリー・ガールズ」,なんだかものすごく聞いたことがある聞いたことがあると思っていたら,これだ。アイルランドの作家,エドナ・オブライエンの代表作です。若い女性の性的衝動の描写がアイルランド当局から問題視されて発禁処分を受けたというもの。日本語訳も出ているので,みなさまもぜひお読みください。私はこうして折に触れて便乗してはアイルランドを売り出していく所存である。カントリー・ガールズと書いておけば,アイドル目当てに検索した方がこの日記を目になさることもあるのではないか(そして舌打ちしながらブラウザバックするのが目に見えるようだが)。ちなみにエドナ・オブライエンはのちに自伝『カントリー・ガール(Country girl)』を書いていて,私は何度も『カントリー・ガールズ』を買おうと思ったのにも関わらず,本棚の前に立つとどっちがどっちだったかいつもわからなくなる。したがって今もまだ買えていない。

さて,今日のタイトルは私がアイルランドに来るにあたって受けているミッションである。特に日本のアイルランド近現代史家に,アイルランド語をきちんと使える人は少ない,というか,いないと聞いている。いないのだから,私がその最初の例になれ,というのが日本の指導教官のお達しであり,だから私は修士1年の時からアイルランド語を学んでいるのである。変にナショナリスティックになるわけではないが,しかしアイルランド語がわからずしてアイルランドのことは理解しようがないとは思っている。その一環で,金曜日は毎週アイルランド語会話会に参加している。その会場が社会主義者の集う書店*1なので,私は金曜日だけは絶対にヴィトンのかばんを持たないのである。もう3年参加しているのに,先週だったか,ぼーっとしていてヴィトンで出かけそうになったときには焦った。モスクに入る時にはスカーフをつけるのと同様,私だって社会主義系の書店に資本主義の象徴を持ち込もうとは思わない。

……いやヴィトンのかばんを持つだの持たないだのそんな話をしたいのではなくて,この前ボルドーに行った時にはフランス語を流暢にお話しになる先輩を,2年半前ベルリンに遊びに行ったときにはドイツ語を流暢にお話しになる先輩にそれぞれ惚れ惚れしたものである。かたや私は英語すらいまだにお粗末な有様。アイルランド語はせめて頑張ろうと思い,今日はいつもにも増して一生懸命話したのである。先日のジャーマンウィングスの事故のことにいたるまで。

そしてつくづく思ったのは,アイルランド語はなんて損な言語なのだろうということだ。友達がアイルランドに遊びに来てくれても,私が話すのは英語である。アイルランド語を話す瞬間なんてまず訪れない(訪れさせようと思えば訪れさせることはできるが)。かたやフランス語やドイツ語は日常言語である。私にはわかっている。フランス語やドイツ語の知識そのものよりも,「英語も難しいのに,英語じゃない言語もできるなんて……!」というところが格好良いのだ。そして日本人は英語が比較的苦手であるとはいえ,英語は日本人にとって一番身近な外国語である。私の下手くそな英語は英語ができない人たちにも伝わってしまう。しかしフランス語やドイツ語は多くの日本人にとってまったく知識がないから,格好良いのだ。もちろんフランス語とドイツ語の知識が多少ある私にとっても,先輩方の言語能力はとても格好良かったということを申し添えますが。要するに,私だって誰かときめかせたい。誰か私のアイルランド語を聞け。

しかし同時に思い出した。去年高校の友達とパリに行ったとき,フランス語が一応わかるのは3人のうち私だけだったので,私ががんばって拙い拙いフランス語で道を聞いたりいろいろしたのだった。しかし友達2人は別段驚きもせず,「ふーん,やっちゃんフランス語もできるんだ」と言っただけだった。アイルランド語が損なのではない。私が損なのだ。

*1:その名もコノリー・ブックス。コノリーはアイルランド社会主義者で,イースター蜂起にも参加して処刑されたジェイムズ・コノリーです。