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見果てぬ地に向かう瞳は

私は2015年12月末までには博士論文を提出して日本に帰国したいとものすごく強く願っているのだが,しかしアイルランド近現代史家として,もしかして2016年イースターは絶対この目で目撃しなければならないやつ*1なのではないかという恐怖が最近芽生え,それからというもの恐れおののいている。3ヶ月も4ヶ月も先延ばし。いやだ。一刻も早く帰国して国内旅行とか行きたい。温泉行きたい。指宿とか。しかし一方で,こんなに「いようと思えばいられる」こともない。むしろ100周年を見ないなんてどうかしている。そういうわけで,ここ3日ほど,望郷の念とプロ意識の狭間で揺れ動いている。唯一の希望,それは「12月に提出して4月に口頭試問」というプランである。おお。天啓か。まぁ,それもこれも,「自然に延びて4月は普通にこっちにいました」という風な状況になってしまったら情けないことこの上ないのだが。

とはいえ私も,いくら遅くても2016年9月頃には学生を終えると思われるわけで,そろそろその先のことを考える時期になってきた。万が一にも可能性は低いだろうが,学振PDにも応募しようと思っている。今日はひとついい知らせがあった。先日も奨学金のことで書いた通り,私たちのような人間にはこんな状況はつきものだが,半年後私には収入があるかどうかもわからない。まして1年後どこで何をやっているかなんてさっぱりわからないのだから,来年のイースターのことを心配するなんて鬼が抱腹絶倒するだろう。まぁ,でも,ひとつ確かなのは,10年を優に超えて大学に通って,そのあとは何をするのでも楽しいだろうなということである。仕事についての考え方は人それぞれだろうけど,私はたぶん,給料が多少低くても,何でも喜んでやるな。そういうわけで,1年後どこで何をやっているかわからないという状況は,周りには心配をかけ通しだけれども,私自身は結構楽しんでおります。タイトルは亀梨和也『1582』より。

*1:説明しよう。1916年の復活祭に,アイルランド独立戦争の火蓋を切る事件であるイースター蜂起が起こったのである。2016年は100周年記念というわけです。