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3分で博士論文

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Thesis-in-3という,人文学研究科の博士課程学生が自分の博士論文の内容を3分でプレゼンするイベントが開催されたので,興味本位で見に行ってきた。参加者はこんな風にパワーポイントを使いながら,3分で自分の博士論文がどんなものか説明するのである。私は前半の6人(のうち2人の発表は聞き逃してしまったから,実質4人)の発表を聞いたのだった。そして感想。

ヘタクソだな!おい!

何を偉そうにと言われるのは承知で率直な感想を述べてしまったのだが,私だって学振DC1の面接のときに3年間の計画を5分でプレゼンしたのだから,物申す権利はあるはずだ。ということにして物申したいのだが,なんていうか,ほとんどの発表が頭に入ってこなかった。私のリスニング能力の問題かもしれないのはその通りだが,だとしたって,いやそれならますます,発表にも問題があるはずだ。誰が聞いてもわかるようにするのが鉄則なのだから。私は英語こそヘタクソだが,少なくとも歴史学に関しては専門家のはしくれである。歴史学勢,私にわからなくてどうするの。ひどいものになると,7章構成の章立て案を全部述べるとか(ロブ!君のことだ!),そもそも時間内に終わらないとか,そんなのまであってちょっと頭を抱えた。おい。このイベントの趣旨をわかっているのか君らは。

こちらの学会発表はとにもかくにも,原稿そのまま読み上げ方式である。そして文系の場合,パワーポイントなどのビジュアル資料もないことがほとんどである。この古式ゆかしいプレゼン方式をこちらの人は「トラディション」と呼び誇りを持っているらしいが,いや,あの,バカじゃないの。スティーブ・ジョブズとか,TEDとか,新しいプレゼンの形が次から次へと生まれ出てきたこの世の中で,トラディションにあぐらをかきいつまでも変えないというのはどう考えても愚行のきわみである。そしてこれは,なぜだか,院生に限ったことでもないのである。2年前,TAとして学部生にグループプレゼンをやらせた時も,「1人あたりほぼ2分」と言ってあるにも関わらず,時間を無視して長々と原稿を読み上げる学生が続出していた。無論,早口にも気をつけろと言っておいた。*1なのに,なぜだ。こっちの学校は日本の学校の何倍もプレゼンやらせるんじゃないの。ちっちゃい時からShow and tellとか叩き込まれるんじゃないの。私ははっきり言って,全員がジョブズでもおかしくないと思っていたのだ。その期待は見事に打ち砕かれ,いまだにその謎は解かれていない。唯一わかったのは,だからジョブズはやはりすごいのだ,ということだけである。

誤解してほしくはないのだが,原稿を読むことが悪いのではない。原稿の①書き言葉そのままに,②何の抑揚もなく,③ただ早口で読み上げるプレゼンが聴衆の心に残るとは,とてもじゃないけど思われない。忘れた時のために,また言うことをちゃんと整理しておくために原稿を用意するのは別にかまわないと思うが,それならそれで,①文章を短く切るとか,*2書き言葉をできるだけ平易な表現に言い換えるとか,③ゆっくりしゃべっても大丈夫なように語数は多少少なめにしておくとか,工夫しなければならないのだ。これが一番難しくて骨が折れる作業だと思うのだが,どうもネイティブだからなのか,そういうことまで考えないらしい。あなたはラジオのパーソナリティですか?BBCのアナウンサーですか?違うでしょう。だったらせめて,わかりやすくする努力をしないと。私は自分の英語がヘタクソだということがよくわかっているので,そんな英語でまくしたてたところで誰にもわかってもらえないと思うから,割といろいろ工夫している。その点では,英語が下手でよかったとすら言えるかもしれない。

原稿読み上げ方式の弊害はもうひとつあって,スライドに使う文章の選び方である。正直に言って,文系の発表においてパワーポイントなんて,聴衆を飽きさせないためのいわば「挿絵」である。非常に重要な引用とかグラフとか地図とかを出すのでない限り。そしてそこに添えられる文章は,言わずもがな簡潔なものであるべきだ。なのにまあ,論文の一節をそのまま切り取ってきたような文章。聴衆は耳からも文字の情報を取り入れているわけで,そのうえ視覚的にも文字情報を得なければならなかったら,混乱するでしょうが。キャッチコピー考えるつもりで短くしなさいよ。「ポイントをひとつに絞って」「短い簡潔な言葉」「とにかく繰り返せ」と言ったのはヒトラーだが,ヒトラーの評価はどうあれ,これはいたって正論である。聴衆をバカにする意味ではなく,聴衆の理解力に依存しないという姿勢。わかってほしいなどと思うのはただの甘えであって,わかってもらえないのはプレゼンターが100%悪いのだ。聴衆の貴重な時間を無駄にしておまけに体力まで消耗しているのだから,120%であってもおかしくない。そのくらいのつもりでいるべきだ。そして,私が勝手に最も重要だと思っているのは,聴衆が「なんかこれ,面白そう」と思えるようなプレゼンにすることである。そのためにも,上に書いてきたような工夫は必要なのだ。わからないことには面白そうだと思えないのだから。

と,こんなところで口角泡を飛ばしてボールド体にしてまで書いても彼らには伝わらないのだが,それにしても衝撃的だったのでここにしたためた次第である。それにしてもやはり,プレゼン能力というのは必要だ。社会に出るのであろうと,大学院に進学して研究者になるのであろうと関係なく。私は今年もTAをやるのかどうかまだわからないが,もしやるならどこかでプレゼンを課そうと思う。そして今後日本で教職に就くとしても,やはりプレゼンは必ず組み入れるようにしたいものである。

*1:"You are notorious for speaking very fast, non-native speakers like me can hardly understand you" みたいなことを言ったと思う。アイルランド人の早口は大酒飲みと同じくらい「自虐ネタ」なので,ちょっとくらい言ってやっても大丈夫なのです。現にウケていたし。

*2:関係代名詞とか使いだした時点で殺意を覚えますからね,はっきり言って。