読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

そのピンヒールを脱いで

破壊力のある一文とか一節というものがあって,そういうのがあるともう,あとはどれほどその作品が全体的につまらなくてもかまわないのである。たとえば私にとっては,カミュ『異邦人』がそうだった。初めて読んだのは高校生の時で,理不尽だの不条理だのわかるはずもなく,全体を読み通すのにはとても苦労したし,初めて読んで面白かったかどうかもよく覚えていない。しかしそんなことはどうでもよかったのである。冒頭があの名文「きょう,ママンが死んだ。」だったのだから。ちなみに他には,リルケ『マルテの手記』,カフカ『変身』,太宰治『斜陽』などがそれにあたる。これらはすべて冒頭の一文の破壊力だが,別に破壊力があるのは冒頭でなくても構わない。たとえば誰か男性を好きになったとして,それが総合的に見てどれだけくだらない男であったとしても,なにか一点,ここにはやられたと思えるところがあれば,割と長く愛し続けられるのと一緒である。えっ,これもしかして理解してもらえないですか。まぁ,いいや。そんな私が最近めぐりあった破壊力のある一節,それはKAT-TUN『KISS KISS KISS』のカップリング曲,『Nothing else matters』から「そのピンヒールを脱いで」である。いや,もう,これにはやられました。初めて聴いた時から。そういうわけで,なぜこの一節にやられたのか,ここで好き放題書いてやろうという魂胆である。ブラウザバック,などせずにお付き合いください。せっかくここまでお読みになったのなら。

まず,なんといっても,脱ぐのが「ピンヒール」であるというこのセクシーさ。これがたとえば「そのワンピースを脱いで」とかだったら,まったくの駄作だっただろう。そもそもピンヒール自体が女性性を表象するものでもあるはずなのだが,同時にそれは攻撃性だったり,さらには危うさをも内包している。この曲のサビでは「嘘をまとって踊っていないで」と「君」に呼びかける。つまり「ピンヒールを脱ぐ」という行為には二重の隠喩があると考えるのは不自然だろうか。まずは「怖がったりしないで」脱いで,という歌詞から想起される通り,セックスをするという隠喩。さらに「ピンヒール」が「嘘をまとって」素顔を見せない「君」にとっての鎧のようなものであると考えれば,「ピンヒールを脱ぐ」には肩肘を張るのをやめて素直になるという意味も込められているだろう。

また「そのピンヒールを脱いで」は懇願にも命令にも,どちらの意味にもとれるのが心憎い。「どれくらい見つめればこの瞳に素顔は映るんだろう?」と「僕」のほうは「君」を懸命に追いかけているようにも見えつつ,「もう闇に怯えないようランプシェードをあげよう」などと余裕も垣間見える。「ピンヒールを脱いで」が懇願であったとしたら「君」の前に王子様のように跪いてピンヒールを脱がせようとする図が浮かぶし,命令であったとしたら,ポケットに手でも突っ込んで高層ホテルの窓にもたれて「いいから早く脱いでよ」と言っている図が浮かぶ。しかも,とどめに,ここの部分を歌うのは中丸雄一なのだ。もしこれがジャニーズのセックスシンボルと謳われる亀梨和也であったら,ここまでの感興はとても呼び起こさなかったであろう。飄々として落ち着きのあるイメージの中丸雄一がささやくように歌う「そのピンヒールを脱いで」だったからこそ,このアーバンな歌詞が生きたのだと思えてならない。

と,私はこういう解釈でこの歌詞を楽しんでいる。多義的な解釈のできる作品はそれだけで味わい深いし,なにより艶めいた一節がアクセサリーのようにこの歌に彩りを添えている。今日もすでに2回ほど聴いたけど,寝る前にもう1回聴こう。眠れなくなるかもしれないけど。しかしKAT-TUNはいつも,カップリングがとてもいい。一時期の嵐など本当に酷かったと思う。