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海外留学金策シリーズその2:最低限の幸せ

昨日はアイルランド語会話会全体のパーティーがあって,それなりに楽しく過ごしたのだが,帰ってきて大学のメールを開くと,奨学金の結果が出ていた。ダメだったらしい。とりあえず両親に報告しておいたが,私自身,ずいぶん落胆した。

前にも書いたが,EU外出身の学生にかかる学費は年間で約130万である。それに加え,生活費が最低でも月10万はかかる。最短で書き終えたとしても,借金が150万前後上乗せされることになる。どうせ眠れるわけもないので親としばらくLINEで相談していたのだが,最悪の場合(つまり,結局何もなかった場合)の対処策は,ローンを組んで学費を賄う,とにかく早く帰国する,帰国したらすぐに働き口を見つける,ということになった。お金がないというだけならまだしも,29にもなって身の振り方ひとつ自分で決められないとは,なんと情けないことだろう。

普段月曜から土曜まで週6日間学校で勉強しているので,今日も院生室に行ったのだが,土曜で誰もいなかったのは幸いだった。しかも,今日の主目的は書くことではなくて文献を読むことだったから,今後のことをぼんやり考えてみた。自分が生きていくにあたって,何が捨てられないか。ジャニーズ……に関しては,今回割とあっさり捨てられることがわかった。完璧に捨てなくても,その時々の適量を弁えるということは,意外に簡単なことであった。これにはとても安心した。去年,今よりもっとジャニーズ熱が高かったときには,今後どうしてもコンサートに行けなかったり舞台に行けなかったりするようなことがあったらどうしよう,と本気で心配していたくらいなのだから。服や化粧品も,幸い私は奇抜な装いを好む方ではないから,今あるものか,たまに買い足すくらいで数年は十分そうである。食事に関しても,私は食費を削ったら途端に食事が貧しくなるほうではない。むしろこの辺のテクニックは嫌というほど鍛えられている。住居費も,帰国後は東京に住みたかったけれど,住居費のことを考えたらそれも夢のまた夢かもしれない。でもそれなら仕方がない。このように考えていって,最終的に,絶対にないと生きていけないほどのものというのは,研究/勉強と,ピアノと,読書くらいであることがわかった。これがたぶん,私個人にとっては最低限の幸せであるらしい。今後結婚したり,子供が生まれたりしたらまた違ってくるだろうが,たぶんこの3つが変わることはないと思う。この「最低限」に関して,こんな風に考えられたのはよいことでもあった。こんなにせっぱつまった時でもない限り,きっと考えないだろうから。

研究に関して,私は普段そんなに自覚していないのだが,過去にもこんな風に奨学金が不確かだったときがあって,その時にかなり絶望して家族にまで当たり散らした。留学するのが心底憂鬱だったのだが,奨学金がもらえずに留学をあきらめなければならなかったらどうしようと考えたとき,初めてそれは絶対に嫌だと思った。自分でも驚いた。こんなに心底留学がしたかったなんて,思ったこともなかったので。しかし同時に安心もした。

そして今回,また留学資金が断たれそうになって,かなり絶望した自分に,正直なところまた安心してもいる。よかった,私はこんなに研究がしたいのだと。重々承知してはいたことだが,この数年単位の収入の変動,おそらく普通に働いている方々にとっては想像もつかないだろう。私も2010年から2012年までは月額にして初任給くらいの収入があったのに,2012年から現在は,収入源が現在受給している奨学金になったために収入が半減し,さらに9月からはついに収入がゼロかもしれない。これは本当に,研究を好きでないとやっていられないだろうな,と他人事のように思った。私自身,一瞬ではあるが,今までの学費やもろもろの費用を今後回収できるとも限らないということに思いを馳せて,そして少し憂鬱な気分になった。しかし,だからといって研究をやめるかと考えたら,ますます憂鬱な気分になった。私は幸いなことに,研究が好きであるらしいから,よかった。

ただ,収入ゼロがいつまでも続くというのは,困るけど。判断力が鈍りかねない。たとえばこの状況を知ったどこぞの金満家がいたとして,私に何やらオファーしてきた際に(ないけど),一も二もなくその話に飛びつく可能性もある。そして現代の真珠夫人となりうるかもしれない。それはやはりよくないと思うので,最低限自分のことを賄えるくらいの収入は,早いところ得られるようにならなければ。そして現代の真珠夫人も,それはそれで悪くないかもしれないが。

くだらない話になりかけているので素敵な話をして終わろうと思う。このことについて,指導教官2人に「このような状況なのでアズスーンアズポッシブル仕上げて帰ります」「何らかの仕事をしなければならないので,TAに応募する許可をいただきたい」と,最近はいつもなのだが,相談というより宣言のようなメールをしたのである。そうすると,そのメールがあまりにも殺気立っていたのか,あまりメールの反応が良くない方の指導教官からすぐに返事が返ってきた。私に対する慰め,スケジュールの確認などがあった後に,先生はこう書いていた。

But it would be good with you to have a meeting soon, if only just to keep your spirits up !

近いうちに会おう,君を元気づけるためだけにでも,と書いてあって,結構泣きそうになった。これはおそらく,その前のメールで,院生に自殺してほしくないと願うすべての指導教官を顔面蒼白にするであろう禁句 "I am feeling depressed(落ち込んでいます)"を私が使ったからだと思うのだが(申し訳ありません),指導教官たるものかくあれかしと思ったし,また自分が指導教官になった時も,指導学生が落ち込んでいる時,このような言葉をかけられる研究者になりたいものだと心底思った。メールは"only just to keep my spirits up",今日何度も見返した。逆境は確かに逆境だが,この力は生産性に変えて,月曜からまたがんばろうと思った。