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みそっかすの3年

ピルを常用するようになってから2年ほど経ち,ようやく欠かさずに飲めるようになった。ピルを飲み始めてからすぐ,飲み忘れ防止のためのアプリを入れたりして努力はしていたのだが,どれだけアラームをかけても飲み忘れるものは飲み忘れるのである。しかし,ここ2ヶ月欠かしていない。ようやくではあるが,これを進歩と言わずして何と言おう。石の上にも三年というが,ピルを飲むにも2年である。何事も継続が肝要である。

進歩はもうひとつある。今週に入ってからというもの,毎日1700語くらい書いている。引用が多い章だからこそ可能なことでもあるのだが,私が1日に2000語近く書いたのなんて,それまでは覚えている限りで2回しかなかった。だから2000語は私にとって火事場の馬鹿力以外の何物でもなかったのだが,どうやら今はその,火事場の馬鹿力フルスロットル真っ最中であるらしい。そういえば最近,日中に眠くなったりすることもあまりない。私は何かに集中すると文字通り寝食を忘れるタイプなので,もしかしてこれは大学受験の時以来の集中力で,しかし毎日きちんと寝ているから大学受験の時よりはずっと健康的に,取り組めているのかもしれない。喜ばしいことである。まあ,書いているものの質がよくないとどうしようもないのだが,初稿はとにかく何でもいいから思いつくまま字数を埋めることを一番の目標にしているので,質を上げていく作業は推敲の時まで置いておく。

最近は毎日のようにしみじみ思うし,この前歴史学部博士の友人たちと学校のパブで飲んでいた時にもその話をしたのだが,留学当初は私に博論が書けるだなんて思いもしなかった。読むのも書くのも遅いし,挙げ句テーマ設定に時間はかかるしで,書くこと自体が現実的ではなかった。だからむしろ,書けなくて落ち込むとかがなかったのかもしれない。だって書けなくて落ち込むのは,自分が書けると思っているからである。思えば「書ける」と思ったことなんて一度もなかった。かといって,「書けない」とも思わなかった。その点,多くの優秀な先輩方がいたのは幸いなことだったと思う。身近な先輩たちが,当たり前のように留学して,当たり前のように博論を提出した。それを見ていたから,私も同じ道を通るのだと,当たり前のように思っていた節がある。開成や灘など有名私立進学校の強みは,先輩も同級生も後輩もほとんどが当たり前に東大に進学するから,「東大」にハードルを感じないことだとか言われるが,それと似たような感覚なのかもしれない。幸せに「博論を書くのだ」と思い込んだまま3年が経って,読むのも書くのもまだ遅いにせよ,それでも当初よりはずいぶんマシになった(話すのもマシになったはずだ)。その結果,気づけば8割程度まで書き進んでいた。先達のみなさま,私のようなみそっかすを導いてくださって本当にありがとうございます。謝辞に書く場合のことを考えて,「みそっかす」は英語で何というのか調べておかなければ。

と,最近こんな風に「ダブリンもあと少しかあ」と総括モードに入ることが多いのだが,我に返ってみればまだ初稿も完成していない身の上であった。しみじみしている場合ではなかった。第1章の完成まで,あと約2日。