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バモスおじさん,メルシーばあちゃん

今日私は国立図書館で昼過ぎから夕方ごろまで作業していたのだが,図書館では非常に集中していたと見えて,外に出るやいなや強烈に甘いものを欲したので,図書館から学校へ行く途中の店でチョコレートを買おうと店に入った。その店は大型の本屋がお土産屋さんも兼ねているようなもので,やたらと観光客が多い(しかも最近お土産屋部分を拡張したため,さらに多い)のだが,私がレジに並んでいると,慌てた様子のおじさんが一人,コーラを1本持ってもじもじしながらそっと私の方に寄ってくる。どうやら列に割り込みたい様子である。しかしその時すでに私の後ろには女性が並んでおり,その女性は当然,並んでますよ,と声をかけた。するとおじさんは「オンリー・フォル・ディス」と言う(スペイン語なまりだった)。これ(コーラ)だけなのだから先に行かせてくれよ,と言いたいらしい。しかしもちろん,そうは問屋が卸さない。おかしな人もいるものだと思いながら並んでいると,私の前の会計が終わった。すると私が行こうとするよりも先に,おじさんが私の肩をたたいてバモス」と言う。Vamos,とはスペイン語で「(私たちは)行く」,つまりこれが単体で使われるときにはLet's goとかCome onとかそんなような意味なのだが,なんでバモス?何がバモス?と怪訝に思いながらとりあえず私はレジに行った。そしてチョコレート代の1ユーロを支払っていると,おじさんがついに行動に出た。私が会計をしているレジのお姉さんに向かって「オンリー・フォル・ディス!」と叫びながら,1ユーロをレジの上に置いて去って行ったのだった。

彼は何がしたかったのだろう。ここでのVamosはどのように訳せばいいのだろう。その店の近くには観光バス乗り場がたくさんあるから,もしかしたらおじさんはバスに乗る前にコーラを買おうとして,観光バスの集合時間か何かを気にしていたのかもしれない。しかしそのあとの,私の注意を促してのVamosはいったいなんだったのか。「頼むよさっさと行ってくれよ」(Come on)の意味なのか,それとも後から私がいたレジに1ユーロを置いて去って行ったところを見ると,「一緒に会計してくれ」(Let's go)だったのか。バモスと言われた時,ポルケ(Porque:なぜ?),と尋ねるべきであった。

それにしても,この店は混乱を極めていた。フランス人観光客のおばあちゃんの集団が店員に何かを尋ねて,店員が英語で答えようとすると(当たり前なのだが),1人のおばあちゃんが断定的に居丈高に「イン・フレンチ!(フランス語で話してよ!)」と店員に求めていた。もちろん店員はそんなことできるわけもなく,できません,と謝っていたのだが,ばあちゃんは動じず「OK,メルシー」と言っていた。

こういう,思いがけず聞こえてくる外国語が,しかも彼らのように「何語が公用語の国だろうと知ったことか,我々は母語で話すのだ(そしてお前たちもこちらに合わせろ)」という確固たる決意を伴っているとき,私の語学力のような生半可な知識は到底役に立たず,呆気にとられるのみである。そういえばダブリンに来たばかりの頃,大学の中でドイツ人観光客から堂々とドイツ語で話しかけられたこともあった。もちろん私のドイツ語力では何もできなかった。そして私はどうやら「英語以外の外国語で話しかけられる」キャラであるらしい。なんだよそれ。

そして,こういう場合にはどう考えても間違っているのは彼らの方であると思うのに,こちらが申し訳ない気分になるのはなぜなのだろうか。なんというか,そこはかとなく,ごめんなさい,スペイン語しばらくサボっていて話せなくてごめんなさい,と言ったような気分に。おそらく。ばあちゃんにフランス語で話せと言われた店員も今ごろ落ち込んでいるのではないか。中高時代にまじめにフランス語の授業受けておくんだった,と思いながら,奥さんに心配をかけながら毛布にくるまっているのではないか。かわいそう。パブでも行きましょうと誘っておくべきであった。バモスおじさん,メルシーばあちゃん,英語でしゃべろうよ。英語圏に来ているのだから。