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いちご大福に捧げる

今日は面談だったのだが,そのあと思い立ってまた国立図書館へ行って史料調査および調べ物をした。そしてそれが終わるや,また立ちくらみが起きるのではないかと思うほど甘いものを欲するという,判でついたように昨日と同じパターンをなぞったのだが,今回は財布を学校に置いてきていたため,何も買わず(買えず)に学校に戻った。思うに,史料調査後は甘いものを欲するというパターンであるらしいので,史料調査をする時にはちゃんとおやつを持参するようにしようと思う。

さらに悪いことに,甘いものを我慢する羽目になってしまった私がとぼとぼと学校へ戻り,思い出したのはいちご大福であった。思いがけず,ふと,ああなんか和菓子が食べたいな,いちご大福とか,と思ってしまったら最後,止まらなくなった。コンビニのレジの横にあるんだよな,あれ見るといつも迷うんだよな,なぜかちょっといちごがぴりっとするんだけど,あれはなんなんだろう,など,事細かにいちご大福のことを思い出し,それはそれは切なかった。海外でふといちご大福を思い出す。これ以上ない暴力があるだろうか。在外の日本人はよく「ラーメンが食べたい」と言って嘆くけれども,ラーメンなんて最悪の場合インスタントラーメンを作ればとりあえずは満足できる*1。しかし,いちご大福の場合はどうだろう。割高にはなるが,材料さえそろえば自作できなくはない。しかし私はやはり,コンビニで会計しているときにひょいっと,「あ,これも」と求められるような,そういう気軽さでいちご大福を食べたいのである。そんなことを言うとラーメンが食べたい勢だって,インスタントと店のラーメンは全然違うと怒りそうなものであるが,要するにそういうことなのだ。私は1時間ほどいちご大福に想いを馳せ,恋慕のあまり研究ノートにしているメモ帳に断面図すら描きかねない勢いであった。頌歌(オード)はちょっと作りかけたもん。ああ君(いちご)憧れを黒き忘却に押しこめて白き恥らひの羽衣にて覆ひたる,荒々しきまでにわが心をかき乱すそのしづかなる暴力,ちなみに題はもちろん「いちご大福に捧げるオード」です。

*1:ダブリンにはちゃんとしたラーメン屋がないので,いつもインスタントで我慢している。