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挑んだGAMEはリセットできない

今日から序論に取り掛かろうと思っていたので,2年前に書いて提出したliterature reviewをしばらくぶりに開き,そして,頭を抱えた。これ,大幅に使えるつもりでいたが,2年の間に人は変わるもので,今とアプローチがかなり違う。いや,基本的なところは違わないし,大幅に使えるには使えるのだが,こまごまと書き直していくよりも,いっそ白紙に戻して書き直した方が早いのではないか。そもそもアプローチの前に,文体もかなり違う気がした。これは2年の間に英語が上達したということだろうから,喜ばしいことではあるのだが。

しかしそうなると,300語くらい書き直せばいいと思っていた計画は大幅に乱れることになる。いかんせん9000語が新たに追加されることになるのだから。ああ,もう,物事が計画通りに進まないのが本当に嫌い。しかし初稿がほぼ完成したということは,これから書き直していくということで,ということは今後このようなことばかり起こるのは目に見えているのだが。だから,精神的にはここからが本番なのかもしれない。白紙の状態から論を組み立てていくのは,プレッシャーはあるけれども,クリエイティブで楽しい作業ではあるのだ。

でもその一方で,序論は力を入れるべき場所だということも重々承知している。文献を読むとき,かいつまんで論旨だけを理解するためにまず序論と結論だけを読むこともあるし,序論が面白ければ本論も読んでみようかという気になるものだし。それくらい,序論がわかりやすくかつ面白いかどうかというのは重要なことである。加えて,これは私の持論だが,序論は我々のような外国人留学生がその真価を発揮できる場所でもある。歴史学の場合は特に,総じてこちらの学生は先行研究の批判をきちんとやらないことが多いが,私たちは手持ちの史料が少ない分,学部生の頃から先行研究を丁寧に整理し消化し批判することを叩き込まれる。留学生というと,とかく語学面で不利だとかそういうネガティブなイメージを持たれがちだが,上に書いた先行研究の取り扱いも含め,強みも数多くあると私自身は思っている。まして私は今回がんばって本論を書いたわけだし,それにふさわしいオープニングアクトを用意してやらなければならないな,とは思っている。

そういうわけで,悲壮な決意表明のようになりましたが,まあ,でも,その通りです。悲壮な決意表明です。まだまだやることが山積みかと思うとげんなりするけれど,こんなところで燃え尽きているわけにはいかない。*1そういうわけで,これからの序論執筆のテーマ曲は,タイトルにも一節を引用しましたが,KAT-TUNDead or Aliveです。論文の生死が序論にかかっていると言っても過言ではないわけだし,なにより「時が終わるまでI'll never fall and die alone」,これがもう,今までの長い長い長い学生生活を締めくくる博士論文のテーマとして最高ではないですか。そもそもDead or Aliveという極端なまでの二分法だって,博士課程学生にとって他人事ではない。我々はPublish or Perishという,Dead or Aliveにも等しい世界で生きているのだから。そうよこんなところで潰えるものですか。立派な博論書いて日本に帰るのよ。

*1:どうも本論の下書きが終わって燃え尽きたらしく,今日はひたすら眠かった。