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Holy Wellに頭から突っ込んでこい

今日のアイルランド語会話会で,いきなり"A brief history of Ireland"と題された紙を手渡された。どうも参加者の1人が書いたものだったらしいのだが,読んでみて驚いた。悪い意味で,19世紀末の言説とまったく変わっていなかった。

書かれていた内容は主に以下の通りだった。

最後にはご丁寧に「Go for it!」とか書かれていた。ああ,もう,本当にくだらない,と思いながら促されるまま適当に読んでいたのだが,会話会の常連メンバーであり,さらに私が結構信頼しているおじさんがそのくだらない書き物を「一言一句すべて賛成だよ(I agree with it in every word)」と褒め称えた。割とショックだった。あまつさえ,そのくだらないこと極まりない書き物は何かに載るだとかなんとか言っていたような気もする。アイルランド語の雑誌は自費出版でいくらも出ているから,まあ言葉は悪いがその泡沫雑誌の一部に載るだけだろうし,大した影響があるとも思えないが,こういう部分だけは見たくなかったと思う。

私がアイルランド語会話会に参加しているのは,アイルランド語の上達を目指してのことでもあるが,それ以上に,修論アイルランド語復興運動を研究した身として,アイルランド語復興運動が現在どのようになっているのかを見たかったからだ。そして私はこの3年間,こういう言説に触れずに,むしろアイルランド語を通じてよほど視野の広い人々と多く知り合ってきた。それはとても幸福なことだったと思っている。その末にこんなくだらないものを見せられて,本当に騙された気持ちでいっぱいである。

何が一番くだらないって,この文化本質主義的な物言いである。何なんだ,「アイルランド人は哲学的である」って。こういう,国民性だの県民性だのといったものがなぜくだらないかというと,自画自賛する文脈か,あるいは他人や他国民を貶す目的でしかほとんど用いられないものだからだ。今回の文脈でもアイルランド人が自画自賛しているように。よって,私はこういうことを恥ずかしげもなく言葉にする人を心の底から軽蔑している。

さらに,brief historyとか得意げに言いながら,歴史認識は非常にナイーブなものだった。上述した「イングランド教皇(English Pope)」とかいうわけのわからない存在も含め,「中世においてはアイルランドアイルランド語ラテン語,ギリシア語を操るトリリンガルな国だった」とか言い出すし,もう本当に,じいさんHoly Well(聖なる井戸)にでも落ちて頭を冷やしてこいと言いたくなるような代物だった。そもそもこんなものを得意げに見せられたこと自体に猛烈に腹が立った。私は外国人だが,仮にもアイルランド史の専門家である。こんなくだらないものを見せてよく恥ずかしくなかったな。もう,本当に,どこでもそうですけど,史料を分析したこともない人間が歴史を語らないでいただきたい。恥をさらすだけだから。

そういうわけで,もう元気がなくなってしまって,開始30分くらいで早々に席を立って帰ってしまった。もうその場を一刻も早く離れたかったので何も言わなかったが,それ,偏っていて本当にくだらないから,何かに載せるなんて馬鹿なことはやめた方がいい,あなたが恥をかくだけだ,とはっきり言った方がよかったんじゃないかとすら思っている。

そして,思えば,数年前にもこんなことがあった。日仏会館でケルト諸語の現状についてそれぞれの地域の代表から話を聞く機会があったのだが,アイルランド語の現状についての説明が,まあ,判でついたように19世紀末と同じであった。依然として話者は少ないが着実に増えている,このまま何年までに何万人にしてみせる,云々。そしてその時も辟易したものだった。こういう自画自賛体質を改めない限り,本当にこの言語に未来はないなと,今日改めて思い,暗澹たる気分になった。*1

*1:この際だからついでに言うと,日本で最近流行っているらしい自画自賛テレビ番組とか「日本はすごい」系の本も,相当くだらないです。この前帰国した時たまたま目にして,吐きそうになりました。その時やっていたのは確か「関空のおもてなしはすごい!外国人観光客もびっくりして称賛!一方中国の空港ではこんな感じ!ひどいよね!」みたいな,本当にくだらない番組だった。下を見ることでしか安心できないって,それこそ危機感の現れじゃないか。