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安保法案採決に寄せて

思えば両祖父母とも,私に第二次世界大戦の話をしてくれた記憶が一切ない。何かの拍子でしゃべったりしたことはあったかもしれないが,「戦争を伝えよう」という意図で私に話してくれたことはおそらくない。これ,ずっと不思議だったし,私も歴史家のはしくれ,オーラルヒストリーしておいた方がいいのではないかと思ったことも一度や二度ではないが,もしかしたら下手に「語り伝える」なんてことができないほど,彼らにとっては苛烈な記憶なのかもしれない。そう思って,特に戦争の話は出さないでいる。オーラルヒストリーなんかより,彼らがトラウマを思い出さず,穏やかに生きてくれることの方が,私にとっては重要である。

安保法案が15日に採決の見通しというニュースを見た時,ああやっぱりな,と諦念の方が先に来た。そしてその通りになった。そもそもいつものことだが,この国の政治家たちには,「国民の意見を問う」たり,「国民に説明」したりするつもりなんて最初からないのだ。これは政治だけではなくて日本社会の病巣と言えるかもしれないけれど,形だけの「検討」を行うだけで,決定事項は変わらない。安倍政権はいうなればその日本の古式ゆかしいプロトコルを演じたまでに過ぎない,とも言えるかもしれない。

しかし,それにしてもこの成立プロセスは。しかもその直後に新国立競技場の計画見直しって,絵に描いたような飴と鞭である。国民を侮辱する所業と言って過言ではない。そもそも「国民の理解が進んでいない」というのも,国民を馬鹿にした発言である。まるで無理解な国民が悪いのだと言わんばかりの(だって「理解」って日本語の文脈ではそういうことですよね。「ご理解ください」とか)。私自身は,確かに理解できていない。さらに言うと,私は自衛隊の存在すら否定する9条原理主義者ではない。防衛力は必要なはずである。しかし,今までの専守防衛では,何がいけないのか。そういう疑問を抱いていた(おそらく同じ疑問を持つ人は多いと思うのだが)矢先のこの強行採決である。与党の言う通りそれが正しいことなのなら,堂々と正当なプロセスで多数の賛成を得て決定すればよいことなのではないか,と素人目に思うのは当然であるように思うのだが。これだとどう見ても,反対意見が煩わしくなってきたのでもう採決してしまいました,という風にしか見えない。決めた後で「国民に丁寧に説明する」って,そんな馬鹿な話があるのか。

しかしひとつ救いがあるとしたら,これが日本の立憲主義の明らかな汚点であり,安倍および自民党は取り返しのつかない失態をおかしたということである。安倍はよく反対派からヒトラーに準えられるが,いやいや,ヒトラーよりはるかに下でしょう。岸信介も間違いなく,草葉の陰で頭を抱えているだろう。もはや呆れてしまう。どうせやるならもっとうまくやれよ。

と,安倍政権だの日本の将来だのに関してはもはや投げやりな気分になりつつあるのだが,唯一の心配事は,冒頭にも書いた祖父母のことである。このままいくと,彼らに2度目の戦争を目撃させることになるのではないか。思い出したくもないものをまた思い出させることになるのではないか。両祖父母の中で最も「濃い」戦争体験をしているのは父方の祖父で,彼はすでに5年前他界した。もしかしたらその方が幸せだったのかもしれない。