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海外留学金策シリーズその3:奨学金・その後

mephistopheles.hatenablog.com

どうやらこの記事が割と多く読まれているようなので,その後談を記したいと思う。

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とはいえ,その後談はここまで書いてあった。以上の2本の記事をまとめると,

私が受給している奨学金は3年が限度であるため,4年目の学費および滞在費の支弁方法を考えなければならない。この「4年目」(あるいはそれ以降),たいていの留学生が親の援助を仰ぐことになる。しかし私はできるだけそうしたくなかったので,奨学金を探すことにした。日本で募集されている奨学金は基本的に「応募時に日本在住の者」を対象にしている場合が多く,すでに留学を開始している人間が応募できる奨学金はかなり限られてくる。私の場合,アイルランド政府奨学金と,本庄国際奨学財団の奨学金が可能性として挙げられた。しかしアイルランド政府奨学金は数年前を最後に日本人に対する募集を取りやめたことがわかる。そうなると本庄国際奨学財団しかなくなるが,この奨学金は毎年ものすごく狭き門である。困り果てて指導教官に相談したところ,うちの大学から出ている院生向けの奨学金への応募を薦められ,応募するもこちらもなかなかの難関であり(40人中3人だったらしい),一次選考では落選する。さて私の運命は―――!

ということになる。それで,その後なのですが,

奨学金,いただけることになりました(仮)。

とはいえ,これ,「You won!」みたいな通知が来たわけでもなく,なんだかすべてがぬるぬると進んでいるから私もまだまだ半信半疑である。

ことの次第は以下の通りである。7月終わりに指導教官2人と面談をしたとき,私が補欠合格したので,たぶんかなりの確率で("highly likely")奨学金がもらえるだろうという旨のことを告げられる。とんでもなくうれしいけれども,しかし"highly likely"がこの国の常識的にどこまで信用できるのかわからない。そもそも,一次選考の不合格を告げる通知のときも,研究科主任の先生から私にメールが来て(しかもそこにはCcで私の指導教官2名+歴史学部の主任の先生が含まれていた),今回は残念だが同時に私は補欠リスト1位であるので,もしオファーできそうならまた連絡すると書かれていたのだった。日本の常識から考えればこれはかなり期待できそうな文言だけれども,こちらの常識では反故になりかねないものなのかもしれない。なので今回の"highly likely"についても,よくわからなかったのである。気長に待つつもりで確定の連絡を待っていたら,今度は学生課から一斉送信で「来年度の学費を払う季節だよ!払ってね!」とメールが入る。これは払うべきなのか,待っておくべきなのか,いよいよわからなくなり,研究科主任の先生と指導教官に尋ねてみると,「学費を免除するための書類がそろそろ届くはずだから,学費は支払わずにちょっと待って」と言われる。そしてそのまま待ち続けるも書類は届かず,学費支払いの締め切りは迫る。いよいよ焦って再度研究科主任の先生に「あのう,書類が」と連絡。するとすぐさま調べてくださり,なにやら"technical error"が発生していたために送れなかったらしいのでなおも待てと言われる。これがつい最近,というか昨日のこと。で,結局今も書類は届いていないのだが,まあここまで来れば安心していいのじゃないか……と考え,ここにしたためる気にもなった次第である。

しかしこうしてみると,なんと精神的に波乱万丈だったことか。生きた心地がしなかった,と書ければいいのだろうが,ここ3年のアイルランド生活でこういうことには慣れっこであるため,今考えると自分でも驚くほど穏やかな心情で待っていた。ひとつ付け加えると,本庄国際奨学財団の方は書類審査で不合格でした。これはその補欠合格が知らされる前にわかったのだが,やっぱりなという感じで,特に驚いたり悲しかったりはしなかった。

やれグローバル化だのなんだのと言われて久しく,また日本の大学は何かにつけて学生を留学させようと躍起になっているように思える。これについて,私は留学生の身だが,誰もかれも留学すればいいというものでもないと思っている。特に博士課程で学位取得を目的として留学し,しかもそれが留学はおろか初めての海外生活だった身からすると,このタイミングは遅いようにも見えるかもしれないが,本当に必要だから留学しているという面では一番だったのではないかと思う。そう考える一番の理由は経済的なことで,留学資金を自弁するために奨学金を探すとか,住むところを自分で見つけるとか(これは私はそんなに苦労していないが),そういうひとつひとつのステップを自分ですべてやることが留学以上に良い経験だったと思うからだ(それは博士課程での留学でなくてもそうだろうとは思うが)。だから今の,とりあえずお金あげるから,頼むから留学してきてとでも言わんばかりの風潮にはどちらかというと反対である。留学したいなら,もっと苦労した方がいい。そしてその苦労を厭わない人間だけが留学するべきだ。これはただの精神論ではなくて,その経験に価値があると思うから。

しかしその一方で,留学を希望している人はきちんとその希望をかなえられる世の中であってほしいとも思っている。前述した通り,留学生は最後の最後には親に頼らなければならないという例が多い。しかしそうなると,親に理解があるかとか,そもそも親に頼めるかとか,そういうところで留学の可否が左右されることになりかねない。実際に,私の周りの留学生は裕福な家の子弟が多いし,私自身もまた,「最悪の場合」は親に頼めていたわけだから,裕福な部類に入るのだろうと思う。しかし裕福な家の子供しか留学を考えることすら許されないって,そんなの間違っていると思うのですよ。それじゃまるで,遊学じゃないか。荷風か。って話ですよ。前にも書いたが,私は4年目の留学資金の支弁方法について先輩方に相談したとき,ほとんどの先輩方から「親御さんに頼んだら?」とこともなげに言われたのが割とショックだったのである。私が奨学金で留学の全課程を終えられれば,もしかすると優秀なる後輩たちの中にはそれを励みにする人が現れるかもしれない。あんな奴でも親に頼らずに留学できているのだから,自分もできるかもしれない,と思ってもらえるかもしれない。私が頑なに奨学金にこだわったのは,そういう理由からである。普段,後輩のことなんて微塵も考えないのだが,今回ばかりは後輩の先例にならなければという使命感が働いたのだった。なぜか。

ただ,この奨学金には条件があって,それが前にも書いた通り,TAとしてティーチング業務に携わることなのである。本当なら今日はそのことを書こうと思っていたのだが,ちょっともう,さすがに後日に回すことにしようと思う。

最後にアドバイスをさせていただくとすれば,留学を考えているみなさまへは,「すぐに定期預金をはじめ,最低でも300万,いやできれば500万,なんとしてでも確保しておく方がよいでしょう」。そして留学中に資金が尽きそうで途方に暮れているみなさまへは,「すぐに包み隠さず指導教官に相談を」。この2つに尽きます。しかしお金のために留学を諦めようとしているなら,どうか諦めずにあらゆる方法を考えていただきたい。そのためにあらゆる手段を講じていただきたい。だって普通に考えて,安穏と日本で暮らしていられる方がよほど幸せなことだってあるのに,それでも留学してまでやりたいことがあるなら,それは絶対に価値があることだと,私は思うからです。私がもらえることになった(であろう)奨学金は,博士課程では4年を限度にしている。つまり私の博士課程に残された時間は最大でもあと1年。概算して1000万円以上かかっていることになるこの留学を,きちんとその価値があるものとして終わらせられるよう,精一杯がんばります。