読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

I hope I could do better this time

先日の記事にも書いたが,私が学校からいただけることになった奨学金の条件として,ティーチング・アシスタントとしてゼミ形式の少人数授業を受け持つというのがある。

このTA,私は2年前にもやったことがある。大学で授業をするのも,まして英語で授業をするのも初めての経験だったので,準備がもうとんでもなく大変だった。たいてい毎週末はずっと準備をしていた。私は月曜日と金曜日に授業を持っていたのだが,1週間はずっと同じことをやればいいから1回分の準備さえ整えばあとは楽だろうと考えるのは大きな間違いで,月曜日に授業をするには,遅くともその5日前くらいまでにはリーディングリストを出しておかなければならないのである。なので,週末を全部準備に費やす→月曜日に授業をする→すぐに来週の準備にとりかかる→金曜日に授業をする→週末を全部準備に費やす→この繰り返し,という感じであった。そのうえ,学生たちからは何通か質問のメールも来たりするから,そのメールにも返す,さらに課題の採点もする,という具合で,もうなんというか,自転車操業とはこのことを言うのだろうと思った。当然,自分の研究などこれっぽっちも進まなかった。いや,でも,そうであってはいけないと思い,意地になって史料調査には行っていたが。

しかし大変さを補って余りあるほど,この経験はかけがえのないものだった。まず,学生がかわいい。本当にかわいい。1回目の授業をようよう終えた後,私のもとに男の子(トム)が質問のために駆け寄ってきて,"Excuse me, Miss"と言ったときにはもう,今私のことミスって言った!? ねえそう言った!? と詰め寄らんばかりに興奮したし,ミスなんて呼ばなくていいよ,マイでいいよ,と言ったらとてもうれしそうに握手を求めてきて,そのあと「チュートリアルってどんなのだろうと思って緊張していましたが,あなたが話しやすくてフレンドリーなのでとても安心した」とメールまでくれた。そのほかにも,同僚TAの代打で2度入っただけのクラスの学生も,授業が終わったあと学校で会ったら"Hi! Tutorial was fun!"とかわざわざ言ってくれたりしたし,私の姿を遠目にみとめただけなのに手を振ってくれたりしたし,もうどいつもこいつも本当にかわいかった。ちょっとくらいの(いや,ちょっとくらいではないけど)授業準備の苦労などすぐに厭わなくなった。こんな仕事に一生携われるのだとしたらこれほど幸せなことはないと思った。ああ,みんな,君たちが明日の光だ!輝き続けてくれ!*1

そういう,総じて「辛かったけど楽しかった」思い出が残っているので,博士課程最終学年の今年はまあ,TAをやるには最良のタイミングではないことは重々承知しつつ,基本的には楽しみにしているのである。TA希望者は授業リストの中から優先順位をつけて志望書類を書き,履歴書と一緒に提出することになっているのだが,先日その授業リストが届いた。いよいよだなあ,と思いながら私はその添付ファイルを開いた。……あれ。

f:id:Mephistopheles:20150831223840j:plain

近現代史の選択肢が!少ない!

私の専門とする時代は19世紀後半から20世紀初頭である。前回は「1850年以降のブリテン」という授業を受け持ち,チャーティスト運動,婦人参政権運動,ファシズム,脱植民地化をテーマに少人数授業をしたのである。それでもなお,「チャーティスト運動とか知らんし!」と恐慌を来しながら文献を読んだのである。今年のリストは,対象の学年や学期を無視して羅列すると,以下のとおりである。

  1. 歴史学入門
  2. 教皇,王,十字軍:1070-1250
  3. 王権と戦争:アイルランド,1000-1318
  4. 1914年以降のヨーロッパ:激動と再生
  5. アイルランドと合同:1801-1922
  6. アングロサクソンとヴァイキング:イングランドアイルランド,c. 400-1000
  7. ヨーロッパ,1500-1800:権力と文化
  8. アイルランド,1534-1815
  9. 初期キリスト教アイルランド
  10. ヨーロッパ,c. 1215-1517:宗教,死と文化
  11. アメリカ史
  12. 帝国主義グローバリズム:ヨーロッパと世界,1860-1970

という感じで,全部で12ある授業のうち,概論が2つ(アメリカ史をとりあえずここに入れる),中世史が5つ,近世史が2つ,近現代史が3つ。私の知る限り,私も含めて院生の大半が近現代史家である。これは,恐ろしいことになるぞ。3つの近現代史のクラスTAの座をめぐって血で血を洗う争いになるぞ。激動と再生している場合じゃないぞ。私は自らの専門を考えて,おそらくは1. アイルランドと合同,2. 1914年以降のヨーロッパ,3. 帝国主義グローバリズム,で希望することになるのだと思うが,基本的に優先してTAが割り当てられるのは博士2年と3年の学生だという(だから私は前回,ほぼ希望通りに「1850年以降のブリテン」が受け持てた)。しかし,そうなると私のような,4年だし奨学金の要件だし,というような場合はどうなるのか。「初期キリスト教アイルランド」だの「アングロサクソンとヴァイキング」だの,そんなところに割り当てられないとも限らない。怖い……!

そういうわけで,結局恐れおののく羽目に陥っている。この状況で唯一よかったことは,曲がりなりにも博論の初稿が仕上げられているということで,そうでなければ19~20世紀転換期アイルランドの女性と読書について論文を執筆しつつ,初期キリスト教アイルランドやらヴァイキングやらについて学ぶという究極のマルチタスクをこなさなければならないところだった。まあ,初稿が仕上がっているとはいえ推敲はしなければならないわけだし,場合によってはイチから書き直すこともあるのだろうし,あまり状況は違わないかもしれないが,それでも精神的な負担はかなり違う。

それにしても,前回も思ったことだが,この仕事で一番厄介なのは,なまじやり甲斐があるということだ。前回,「1850年以降のブリテン」を担当していたのは偶然私の指導教官だったのだが,彼は私に「絶対に1週間に3時間以上準備に費やすな」と忠告した。まあ,前述のとおり,私はそれをあっさり無視した。確かに全力で準備に取り組んで,学生の反応も上々で,達成感はこの上なかった。しかしその間研究は進まなかったわけだから,それでは大学教員として失格なのだろう。良い教育者でもありまた研究者でもあるというのは,思ったよりずっと大変なことであるらしい。いろんな人に"Since I have an experience two years ago, I think, or I hope, I could do better this time"(2年前にもやったから,今回はもっとうまくできると思う)と大見得を切っているが,本当にうまいやり方を工夫しなければならないだろうと思う。前向き,前向き,*2と決意を新たにしたところで,神様仏様聖パトリック様,お願いですから中世が当たりませんように

*1:関ジャニ∞『がむしゃら行進曲』の一節です。いい曲ですよ。「答えはその先に見つからないこともあるさ,それでも一歩先へ」

*2:関ジャニ∞『前向きスクリーム!』より。