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院生室における時効と慎慮

最近,といってもここ10日くらいなのだが,院生室に行かずに自宅で作業している。主な理由は3つあって,1. 特に切羽詰まっていないこと,2. 気温が下がり始めているのにまだ暖房が入らない時期なので,院生室が比較的寒いこと,そして,

3. ジョーが音を出して音楽だのラジオだの聴くことである。

いや,もう,これ,理不尽極まりないと思うのだが,ジョーは音を出して音楽だのラジオだの聴くのだ。あまつさえiPhoneのサウンドまでONにしているらしく,Twitterなのかチャットツールなのか知らないが,しきりにピンポンピンポン鳴っている。さらにタッチ音までONにしているから,それに返事する音すら聴こえる。サウンドのフルコースである。そして,これが一番理解できないのだが,それに対して誰も何も言わないのだ。なんでだろう。みんな基本的にはイヤホンで音楽を聴きながら作業しているからあまり気にならないのだろうか。しかし残念なことに私は,よほどの単純作業でない限り,音楽を聴きながら行うことができないのだ。ちなみに今,この日記はB'z『Liar! Liar!』を割と大きな音量で聴きながら書いているのだが(理不尽さに対する憤りの心情にシンクロさせようと思って)。

しかしこの理不尽に対し,院生室で一番の新入りである私は,抗議するすべを持たない。なにせ,誰も何も言っていないのだ。こんなことを書くとジョーがとても自分勝手な人物のようだが,ジョーは大変親切で,かつ紳士的な人物である。きっと,誰かが迷惑だからやめろと一言言えば,すぐに謝ってやめるだろうと思う。それを言うのが私であっても,新入りのくせに偉そうになんて,別に思ったりはしないだろう。しかし私は言わない。我が校の大先輩であるエドマンド・バークの思想の根幹をなすものの一つに「時効(prescription)」がある。長く続いてきた(であろう)ことに,恣意的な改変を加えるのは基本的にはよくないことなのである。

と,バークなぞを引いてもっともらしく説明したが,もちろんそんなことを本気で考えているわけではない(バークごめん)。何も言わなくてもこの状態が改善される見込みがあるから何も言わないのだ。ジョーは今週末に学位論文を提出する予定であり(がんばれー),それが終わればおそらく院生室を引き払うだろう。私はその頃復帰すればよい。誰も嫌な気分にならない。これもバーク哲学の根幹をなす思想の1つ,「慎慮(prudence)」である。できればその頃,暖房も入っているとよいのだが。

ところでバーク哲学を確認するためにインターネットで検索したのだが,まずまず多くの右派的なる方々が,ご自分のお考えを補強すべくバークを我田引水引用なさっていることに驚いた。もちろん私もこんなくだらないことの説明にバークを用いたので,人のことは言えないのだが。偉そうなことを言うと,バークに着目したところはとりあえずよくできましたと言ってもいい。そしてバーク先輩,本当にごめんなさい。