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Discover Research Dublin 2015

本日は1年に1度,私の通っているトリニティ・カレッジ・ダブリンで行われるアウトリーチイベント,Discover Research Dublinの日であった。

アウトリーチイベントを大々的にやるというのもさることながら,これが行われるのが毎年金曜の夜であることもすばらしい。だって,週末夜遊びの選択肢のひとつに大学のアウトリーチイベントがあるんですよ。研究者として感涙する。こうした「エンターテインメントとしての学知」「学知の消費行動」は,私がポスドクのプロジェクトテーマに考えている筆頭候補である。

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終わるのが21時近くなる可能性があるとのことだったので,今日は晩ご飯を持参した。わざとらしくパソコンと原稿を視野におさめたのは,もちろん狙った上である。結婚するまでには見た目にも美しいお弁当が作れるようになりたいと思う。タッパーに詰めた男子ごはんではなくて(今日はチンゲン菜と豚肉のオイスターソース炒め丼でした)。

 

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毎年,このイベントはオレンジ色で彩られる。

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ブース。結構にぎわっている。子供を連れた家族連れも多かった。こんな風に一般市民と学問の距離が近いの,本当に本当にうらやましい。地団駄を踏むほどうらやましい。研究者としてもうらやましいし,一般市民としてもうらやましい。それこそ子供を持つ親とかにしてみれば,教育効果抜群だろう。

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友人のメアリーも登壇するとのことだったので,まずは人文系のイベントからお邪魔することにした。このイベントはPhD marathon talkとかいうもので,博士課程の学生が次々に壇上に上がって自分が何を研究しているかを手短に述べていくというもの。こういう催し自体は以前にもあり,挑戦者たちがことごとく度胆を抜くヘタクソさだったので実は内心冷や冷やしていたが,さすがに外向きのイベントであるということもあり,主催(おそらく)のパトリック・ゴホーガン先生が精鋭を集めたと見えてみなさんとても上手だった。ゴホーガン先生は自らのラジオ番組まで持っていらっしゃる,大変外向きの華やかさをお持ちの方である。その司会ぶりたるや,まるで小堺一機を彷彿とさせた。

しかし,私は今年はぜひ理系のブースに行ってみようと思っていた。せっかく理系もそれなりに強い大学にいるのに,理系の研究室でどんな研究が行われているかほとんど知らないなんて,もったいなさすぎる。というわけで,キャンパスの反対側に位置する理系の建物群の方へ。なぜどこの大学も,理系と文系の建物を大きく引き離した作りにしたがるのだろうか。

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どのブースに行こうか迷ったが,コンピュータサイエンス学部の入っているロイド・インスティテュートにぶらりと入ってみたものの,次のツアーが始まるまで少し待たなければならないとのことだったので,ロイドを出てハミルトン・ビルディングへ。ここには糖尿病,心臓病(写真),さらに(おそらくは)再生医療に関する研究のブースがあった。祖母が糖尿病を患っているので糖尿病ブースに一番興味があったのだが,ブースのそばに立っていても一向に「接客」してくれる気配がないので再生医療ブースへ向かった。説明してくれたポスドクのアンドリューさんがとても丁寧で親切で,非常に好感度が高かった。

困るのは,説明だけ聞いて「サンクス」一言で帰るのはとても気が引けるということである。しかし,正直言って,質問できるほど彼の話が理解できたかと言えば,身も心も人文系の私に理解できるわけもない。そういう時はもう,自分にどうにかして引きつけるに限るのである。手法の説明の部分でコラーゲンフィルムを見せてくれたので,「コラーゲンフィルムと言えば,日本には富士フィルムという会社があるんだけど……」と持ちかけるかと考えていたが,途中で幹細胞の話が出てきたのですかさず私はそちらを拾い,「私日本人なんだけど,幹細胞に関していえば最近日本でビッグディスカバリーがあって」と切り返すことにした。この作戦は非常にうまくいった。一緒にアンドリューさんの話を聞いていた女の子(たぶん理系の学部生)もアンドリューさんに博士課程まで進学するにあたっての一般的な質問をしていたので,私も大層助かった。

さらに生体医療研究機関にも行ってみた。ここでは視覚・聴覚障害の研究をしている学生と肝臓移植の研究をしている学生から話を聞いたが,恐ろしいことに気づいてしまった。研究対象に対して愛着があるかどうかは素人目にも明らかであるということだ。肝臓移植くん(仮称)に「なんで数ある臓器の中から肝臓に注目するの」と尋ねたところ,非常に率直に「うちのボスの専門が肝臓で」と答えてくれた。いや,それはまあ,会話の糸口の笑い話としてはいいだろうけど,後づけでもいいから何か肝臓に注目すべき理由を述べようよ。肝臓移植くんは非常に気さくで話していて楽しかったのだが,肝臓自体にそこまで興味はないんだろうなというか,学位をとるためにやっているんだろうなということがわかってしまって少し寂しかった。*1博論の研究対象は一生ついて回るわけだし,これなら目の中に入れても痛くない,くらいのものを選んだ方がよいと思うのだが,これは理想論かもしれないし,私がたまたま幸運だっただけかもしれないし,何とも言えない。

このへんまで来るとさすがに疲れてきたし,満足したので切り上げて帰ったのだが,理系の,それもがっちり医療系の研究に触れたのは面白かったと同時に,なかなか身につまされるものがあった。彼らも私に「ここの学生?博士?」とか聞いてくれるので,歴史学部の博士で,女性と読書の関係について研究していて,とその都度答えるのだが,私の研究というのは彼らの研究と違って,別に明らかにならなくても誰も困らないし,明らかになったところで誰かの命を救えるわけでもない。彼らもそう思ったのではないか(と思うのは僻み目だろうか)。人文系の研究が,学問が,どうあるべきか,というかどのようにあればよいのか,いろいろ考えさせられますね。このようなことを(研究者自身もまた)考えるためにもやはりアウトリーチイベントは必要だし,文系の研究者と理系の研究者とはもっと盛んに交流すべきだと思う。

*1:PhDの後はどうするの?と聞いたら,「俺もともとここの出身じゃないから,もといた研究室に帰るかも」とも言っていた。正直すぎる。