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アナザースカイ

毎週見ているわけではないのだが,先週末(9/19放送回)は何となくそんな気分だったので録画して見た『アナザースカイ』,サブタイトルは「元女子アナ中村江里子のパリ。華麗なるセレブ生活の秘密!」であった。

録画までしておいてなんだが,私はとりわけ中村江里子が好きなわけではない。それこそ「パリ」や「セレブ生活」のイメージが強く,勝手にフランスかぶれのレッテルを貼っていた節さえあり,どちらかというと苦手だったほどである。しかし見てみるとこの番組がもう,30分で見事に在外日本人の本音を語りつくしており,私は見終わる頃には中村江里子に傾倒していた。「中村江里子ラブ」「中村江里子のパリ本買おうかな」と母にLINEで書き送っていたほどである。

まず「日本から洗濯ネットやサランラップを持参」という点で心をわしづかみにされる。そう,そうなんですよ。私ももちろん,洗濯ネットは日本から持参している。私が住んでいる家の場合は,サランラップは大家がロンドンに行った時にコストコで良質なものをまとめ買いしてきてくれるのだが,そうでなければこちらで市販されているラップはまったく使い物にならない(食器にくっつかない)。ここで挙げられていた例以外にも,帰国するたびに日本から持参しなければならないものは山ほどある。

こうした例について,中村は「お姫様のような生活を思い描いてきたらショックを受けると思うんですけど,私は現実を知ってもらいたい」「だから結構夢を壊すようなことも言っちゃったりする」と述べつつ,さらに「サービスが悪い」「宅配便が届いても再配達などなく,酷いときには不在通知もなく荷物が日本に送り返される」「[水道などの]業者は一回で用事が済まないので,来るときはこのタイミングを逃してなるものかと」と次々にフランスの短所を並べ立てる。もう,よくぞ言ってくれましたという以外に言葉が見つからない。フランスのサービス水準の低さは世界に冠たるものがあるが,アイルランドも程度の差こそあれこれとほぼ変わらない。*1ただ,フランスでしかもパリ,さらにフランス人と国際結婚しているとか言えば,よほどひねくれた人間でない限り,日本人ならむやみに羨ましがるだろうし,こんな風に短所を並べてもなかなか人は信じてくれないだろう。海外生活を映画のように思い描いている人の妄想というのはなかなか崩れないのだ。極めて厄介なことだが。なので,中村が何気なく言った「お姫様のような生活を思い描いて」とか「現実を知ってもらいたい」という言葉に私はとてつもない重みを感じた。これは本当に大変だろうなと思う。アイルランドの場合は,幸か不幸か,そこまで羨ましがられることはない。*2

またフランス語についても,フランス語の知識のないまま渡仏し,最初は語学学校に行ったものの萎縮してしまって何も発言できず,ある日講師から「そこのくそばばあ」と言われた(それって人種差別では,と思ったが)のが悔しくて猛勉強するようになったと言っていた。抗議するにも抗議できるだけの語学力を持たないことが悔しくて勉強するというのは,おそらく在外日本人によくある話である。結局,語学力を向上させるのは言いたいことが言えないもどかしさなのであって,ではどんな時に「言いたいことが言えな」くてもどかしいかというと,恋愛した時か,誤解された時か,お願いだから助けてほしいときか,もしくは激怒した時くらいなのである(ちなみに私は後者3つによって英語をマシにした人間である)。

こうした不満について,中村は「日本に帰りたいと思ったことは何度もある」と言いながら,しかし見方を変えれば「小さなハッピーがたくさん積み重なっている」と締めくくる。たとえば車を停められただけで本当にうれしいとか。中村の夫もこうした変化について,フランスに来て苦労をしているとは思うが,ポジティブにもなっていると感じると言っていた。これも本当にその通りで,私も毎日イライラすることばかりだが,しかしその分ポジティブな方にも感情が揺れるらしく,いろいろなことに小さな喜びを覚えるようになったのも,こちらに来てからだと思う。とはいえ私は,日本でも割といろんなことがうれしいおめでたい人間であったが,こちらに来てからというもの,もう日本の比でないくらいのレベルで幸せの閾値が低い。それは逆に,こちらで何も期待していないからでもあるのだが,何はともあれ毎日アホみたいなことでアホみたいにうれしいのは,それはいいことなのだろうと思う。

4年近くこちらに住んでみてしみじみ思うのは,私はつくづく海外生活に向いていないということである。先日も書いた通り私は基本的に秩序と規律を重んじる人間であるので,物事が予定通りに進まないとか,馴れ合い体質とか,もうこちらのすべてにイライラする。留学生がみな海外かぶれかと思ったら大きな間違いで,半数は海外かぶれだろうが,半数はその追い求めるキャリアパスにどうしても必要だから来ているだけである(私のように)。だからもちろん,こちらで結婚して永住しようなどと夢にも思っていない。少数の友人はまだ諦めきれていない*3ようだし,これから1年の間に何か劇的なことが起これば私も考えるが,今のところその可能性は皆無である。私はやはり,積極的に自分の住むところを選べるのなら,迷わず日本にする。

しかし,だからこそ,この留学は本当に貴重だったと思っている。上に散々書いたように,何事もなければきっと私はほくほく日本で暮らしていた。だからその気になれば日本でないところにでも住めるのだという自信もまた,私にとっては本当に大きい財産である。たぶん将来,もし必要になったら,渋々かもしれないけど私は海外に行くだろうし,そこでイライラしつつ,でもアホみたいに小さいことでアホみたいに機嫌がよくなりつつ,限られた食材で日本食を作りつつ,生きていくのだと思うし,生きていけると思う。海外生活で身に着いたもの,私の場合は何と言っても,ストレスや怒りをコントロールするマネジメント能力とサバイバル能力である。もしかしたら博士号よりも得がたい財産であるかもしれない。

ところで,なんかの拍子に万が一私が『アナザースカイ』に出ることにでもなったら(出ません),その時紹介するのはダブリンなんですか。冗談じゃない。中村江里子の16年には及ぶべくもないが,私もまた4年近いダブリン生活によって,ダブリンに対しては愛憎入り乱れた複雑な思いを抱いている。ここが私のアナザースカイ,ダブリンです(一応言ってみる)。

 それにしても中村さん,「セゾン・ド・エリコ」「エリコスタイル」「エリコロワイヤル」「マダムエリコ」「ERIKO」などなど,パリ本が多すぎる。こんなに書いているのかというより,こんなにパリ本の需要が大きいことに衝撃を受けるばかりである。そういえば最近も,『フランス人は10着しか服を持たない』という本が流行していましたね。「ミニマリスト」流行も手伝ってのことかとは思うが,それにしてもフランスかぶれの経済効果,畏るべし。ウーラララー。

*1:アイルランドの場合は人が親切というか人懐っこいので,まあ親切な人だったし……と危うく懐柔されそうになるのがむしろ危険である。

*2:羨ましがられる場合というのは,アイルランドに「神秘のケルト民族」とか「妖精の国」とかのイメージを持っている場合が多いので,厄介どころか危険ですらある。ちなみに私は留学のあいさつをした相手の1人に,「アイルランド語で授業を受けたりなさるのかしら。ステキ!」と言われ(書かれ),心底ぞっとした。

*3:これは昔から本当に不思議なのだが,みんなどうも,留学さえすれば現地で恋人ができそして結婚するのが普通なのだと考えているようだ。私にその気配がないのは,私が怠けているかららしい。私にだって選ぶ権利はあり,そして私は日本で日本人と結婚したいのだと何度言っても信じてもらえない。いや,私,アイルランド人が好きだからアイルランドにいるんじゃないですよ。というか,そんなにしつこく人に外国人との結婚を勧めるなら自分がすればいいのに。