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女の腹から生まれたものには

「きちんとした」フライデーナイトを過ごそうと考え,学校に行ったあとジムに行き,さらに映画まで見て23時頃帰宅した。フライデーナイトの出来としては85点くらいだろう。残り15点は何が足りなかったかというと,映画を見終わった時点で22時半過ぎなのだったら,そのまま飲みに出かけるべきなのである。


MACBETH Official UK Teaser Trailer (2015 ...

10月は見たい映画が多い。今日もこちらにするかInternにするか迷った挙げ句,Internのようなキラキラお仕事ムービーはそれこそ平日に見ても元気になれていいかもしれないが,ずっしりシェイクスピアムービーこそ金曜の夜に見るべきだ(放心して明日に響いても大丈夫だから)と思い,こちらの『マクベス』に決定した。今日1日でずいぶん「th」発音がうまくなった感がある。さて,以下,感想を述べますので,これからご覧になろうとする方はこちらで画面を閉じていただけましたら幸いです。

映像も音楽もとても格好良かったのだが,なんというか,「かっこいい『マクベス』のイメージビデオ」に終始していた感がある。上演したら3時間ほどかかる『マクベス』を20時半なんかから見始めて,まともな時間に帰れるだろうかと危ぶんだのだが,この映画の上映時間は115分と,かなり削ってあった。見終わった後,私の後ろの方から"Everything happened so quickly"と感想が聞こえてきたのだがまさにその通りで,駆け足ですべての物事が進む。

しかしその割には結構意欲的であったように思えた。少なくとも私はそう思ったのだが,『マクベス』は3人の魔女の予言によってスコットランドの武将マクベスとその妻の心に野心が芽生え,破滅へと向かっていくおどろおどろしい悲劇である。私の印象としては,監督は『マクベス』に付き物のこの「おどろおどろしさ」を払拭し,登場人物をより人間らしく描きたかったのかなという気がする。たとえば主人公のマクベスマクベス夫人,野心によって身を持ち崩す役であり,特にマクベス夫人は野心家の代名詞のような存在なのだが,この映画では冒頭(ダンカン王暗殺まで)以降,やたらと涙を流す。マクベスがマクダフ夫人とその子供たちをなぶり殺すところだったり,失った自分の子供に想いを馳せたりなど,やたらめったら涙を流すのである。私はシェイクスピア作品の翻案にまったく詳しくないので,これが果たしてよい翻案かどうかはわからないのだが,私のイメージとしては,マクベス夫人にはマクベスの暴挙に心痛めたりすることなく,また自分たちの進む道に迷ったりすることなく,暴君を尻に敷いてせせら笑っていてほしいものである。またマクベスも,なんだか演劇で見るよりよっぽど早く正気を失っているように見えた。しっかりしてくれよ。

さらに,2人を陥れる3人の魔女(+ヘカテ)までもが人間っぽい。戦いの最中も,さらにはマクベスに対しても,とても哀しそうな眼を向けていて,「苦労も苦悩も2倍にするぞ(Double, double, toil and trouble)」とマクベスの破滅を面白がる素振りは微塵も見せない。原作を知らない人がこれを見たら,魔女とわからないのではないか。彼らが体現していたものはおそらく,人間の業の深さや繰り返される過ちに対しての深い悲しみである。そしておそらくはそのために,韻を踏んだ魔女たちの呪文さえも省かれているらしいのはとても残念である。というか,私はこれをやったことだけで監督を許さない。私はシェイクスピア作品の中でこの『マクベス』が1,2を争うほどに好きなのだが,その理由はとにかくこうした台詞が面白くてさらに美しいからだ。*1前述の"Double, double, toil and trouble"もそうだが,"Something wicked this way comes(よくないものがこちらへ来るよ)"など,やはりこのセリフは抜かしたらだめだろうと言いたくなるようなものをたくさん省いている。ましてこちらの観客は中高の英語の時間に『マクベス』をやるのだろうし,名台詞は私よりずっと楽しみにしているんじゃないのか。ちなみに省かれたものにはもうひとつ,罪の重さに耐えきれず夢遊病になったマクベス夫人がさまよい歩くシーンもある。おそらくは唐突に短剣を洗っているシーンがこの代用なのだろうが,これも非常にもったいない。夢遊病とか精神を病んで徘徊するとか,シェイクスピアの醍醐味じゃないですか!

つまり,今回の『マクベス』を勝手に総評すると,やりたいことはいっぱいあるのに駆け足で進めてしまって説明不足だが,その割に監督のやりたいことが透けて見えてダサい,という感じだろうか。好きだからおのずと目が厳しくなるのもあるかもしれないが,こういう具合で,私は今まで『マクベス』の上演や上映をいくつも見たものの,「これぞ私の理想の『マクベス』!」と快哉を叫べる『マクベス』にいまだ巡り合ったことがない。去年の年末も長塚圭史演出,堤真一常盤貴子主演の『マクベス』をわざわざBunkamuraまで観に行ったのに,私には全然合わなかった。バーナムの森が動かない限り,理想の『マクベス』には出会えないだろうか。それとも女の腹から生まれたものには私の理想の『マクベス』を作れないだろうか。だったら話は早い,帝王切開で生まれた方,どなたかお願いいたします。

ところでくだらないことを言いますが,この作品では,割と多くの場面で男性の登場人物が一人称に自分の名前を用いる。もちろんそれは,例えて言うならば日本の武将たちと同じで,戦場において名乗りをあげる目的もあるのだが,でもなんかいい歳のおじちゃんたちが自分のことを名前で呼んでいると思うと,ちょっとだけかわいいですね。「女の腹から生まれたものにこのマクベス(自分)は倒せない」「マクダフ(自分)は母の腹を裂いて生まれてきた!」とか。

*1:ちなみに対戦相手は『オセロー』です。話を純粋に比べたら『マクベス』の方が圧倒的に面白いと私は思うのだが,しかしイアーゴーの有名すぎる"O, beware, my lord, of jealousy! It is the green-eyed monster [...]."が大好きでたまらん。