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通行人を驚かせるティーンエイジャー

今日はとことんついてなかった。朝は旅行代理店に電話して揉め,ついでビザが延長できないのではないかという不安におびえ,ライフル射撃はうまくいかず,帰りにグラフトンストリートをとぼとぼ歩いていたら,バーガーキングの前でたむろしていたティーンエイジャーのクソガキ(ごめんあそばせ)にいきなり粉状のものを投げつけられるという狼藉をはたらかれた。

最後の件に関していえば,その場ではびっくりしてよくわからなかったが,後からコートについていたものを見ると,砂糖か何かのようだった。大喜びしている彼女(女の子だった)に何か言おうかと思い,しばらくヘラヘラ笑っている彼女と見つめ合っていたが,特に言うべきことも思いつかなかったのでそのまま黙って立ち去った。「そういうことするもんじゃないよ」当たり前である。「通行人にいきなり粉投げてびっくりさせるのがそんなに楽しい?」これは怒りよりも先に私の頭に浮かんだ素朴な疑問だが,それに対するどんな答えも私を納得させそうにない。ただ,軽蔑をあらわにしばらく見つめたので,何か言うよりはおそらく効果的だったのではないかと思う。

しかしこの「通行人を驚かせる」はこちらの頭の悪い(ごめんあそばせ)ティーンエイジャーの間で根強い人気を誇る遊びで,悪質度合いの高いものだと生卵を投げつけるとかもあるし(私の場合は粉でまだよかった),反対に低いものだと,通行人を待ち伏せるようにしていきなり大声を出すとかがある。日本の小学生レベルである。首都で不良をやるなんてこんな恵まれた条件はないだろうに,何よりの娯楽は「通行人をびっくりさせること」だなんて,考えてみるとなんか悲しい。そしてここもまた,イギリスほどではないにせよ階級社会なので,おそらく彼らはブルデューの言う「再生産」の産物である。家に帰ったら失職中の親兄弟が飲んだくれていたりするのかもしれない。そう考えるといよいよ悲しい。だから家に帰りたくなくてバーガーキングなんて安直な場所の前でたむろしていて,ストレス解消も兼ねて通行人を驚かせているのかもしれない。涙が出る。ブルデューの提唱する概念に例としてあてはめられるとしたら,私なら「再生産」よりも「文化資本」がいい。

私に粉をぶつけてきた女の子は,まあまあかわいい顔をしていた。不良少女にかわいい子が多いというのはこちらでも変わらないらしい。昔からもったいないと思っていることのひとつである。ちょっといろいろ,暗澹とした気分になった。 

再生産 〔教育・社会・文化〕 (ブルデュー・ライブラリー)

再生産 〔教育・社会・文化〕 (ブルデュー・ライブラリー)