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ショパンコンクール2015・本選1日目

いよいよ本選が始まった。昨日も書いた通り,本選はピアノ協奏曲なのだが,今年はアムラン以外が全員1番を選曲している。

ほとんどの出場者が1番を選ぶというのは例年も変わらないのだが,あまりにもメジャーな曲(このコンクールにおいてはどれがメジャーでどれがマイナーもないが)やあまりにも多くの出場者が選ぶ曲を避けるというのも,コンクールのテクニックの1つではある。しかし,特にこのコンクールにおいては,もう「選曲」とか,そういう問題ではないのだろうと思う。長きにわたる戦いを勝ち抜いた,選ばれた10人だけが立てるこのステージで,あまりにも有名なこの協奏曲を弾くということが出場者にとってどれほどの意味を持つのかということを,トップバッターであるチョ・ソンジンの演奏を聴きながら考えていた。このステージは間違いなく「本選」で「最後の戦い」だが,同時に厳しい戦いを経てここまで来られたファイナリストたちへの「ご褒美」でもあるのだろうと思う。

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以下,またしても勝手な感想。重ね重ね申し上げますが,あまりにも個人的かつ独善的な見解なので,とんちんかんなことを書いていたとしても,聡明なる読者のみなさまがたにはなにとぞ,寛容なるお心で読み流していただきたいと,伏してお願いする次第である。

1. チョ・ソンジン

「完璧」という言葉がこれほど似合うピアニストは久しぶりである。多彩な音や表現に,踊るようなタッチ。力加減も自由自在に操ることができる。ピアノも安心して彼に身をゆだねている感じで,それはコンチェルトになっても全く変わらない。ピアノ協奏曲はややもするとピアノがオーケストラに負けてしまったりすることもあるが,当然ながら彼のピアノはオケと合わせてもまったく遜色がない。それどころかオケまでも完璧に操っているようにすら見えた。ソロパートで誘導して,オケの音を鳴らしているような感じ。まるで彼が指揮者ででもあるかのようである。1楽章でピアノからオケに引き渡すところなど,鳥肌が立った。美しい思い出を追憶するような2楽章と,軽やかな3楽章との対比も明快である。間違いなく優勝候補だろう。

2. アリョーサ・ユリニッチ

彼はどちらかと言えばソリストタイプなのかもしれないと思った。コンチェルトでは,ピアノがあまり鳴っていなかった感がある。準備があまりできていなかったのかミスが多く,左手と右手のバランスが悪い部分も散見された。アクションが大きめで,また手首もよく動かすからなのか,フレーズがぶつ切りになっているように思えるところがある。また緊張していたからかもしれないが,とにかく自分が弾くことに一生懸命で,オケの音をしっかり聴くことができていなかったように思えた。

ただ2楽章終盤のソロパートなどとても美しく,さらに3楽章のコーダのように,ヴィルトゥオーゾ的なパッセージも問題なく弾けているのは,彼がテクニック的にも,また表現力もきちんと「レベルに達している」ことを示して余りあるものである。だからこそ,この演奏のムラがますますもったいない。しかし観客に愛された出場者のひとりだったことは最後の拍手からも明らかだし,その魅力と「華」は得ようとして得られるものでもない。

3. 小林愛実

彼女の演奏を一次予選から追ってきたが,この本選での演奏には,彼女の長所があますところなく表れていたように思われた。まず何より,フレーズやハーモニーの扱い方は出場者の中でも飛び抜けている感がある。とても情感豊かな演奏で素晴らしかった。

1楽章中間部,金管との掛け合いの部分は,彼女にならもう少しうまくできたのではないかという気もして残念。また,時々音が濁ったり,多少つぶれてしまったりもしたが,それでもソロパートからオケへの旋律の引き渡し方は見事であり,スムーズにつながっていた。2楽章,特に後半はとても美しく,夢の世界にいざなわれるような恍惚を覚えた。

3楽章は今日の出場者の中で一番よかった。とても楽しく魅惑的なロンドだった。かといって,あまり音が尖ることもない。チョ・ソンジンの音が寒色でダイヤ的なきらめきを持つのに対して,小林の音は角が丸く,パールのような柔らかい艶を持つ。色でいうなら暖色で,ピンクのイメージである。

4. ケイト・リウ

実は私,この方の演奏を少々苦手にしていたのだが,この協奏曲は導入部から強く引き込まれた。リウもまた,フレーズの扱い方が飛び抜けており,メロディーを誰より大切に扱っている感がある。物語を語るような演奏だった。

これまでの,夢見るような,もっと言えば夢遊病的な弾き方は今回封印していたようであった。しっかり鍵盤を見て,前を見すえて音楽と対峙しているイメージで,地に足のついた演奏だった。今までふわふわ漂っていたような感じのリウの演奏に,とにかく現実味がある。テクニックとしてはもちろん申し分ないのだが,途中から少しばかり「無難」に「置いて」いたところもあったように思えたのが多少残念といえば残念だった。ただ,夢中になるところはやはり夢中になってしまうのか,オケへの引き渡しも少しつまずいてしまったように感じられたのは残念。ただし,気になるほどではなかったが。

2楽章は今日の出場者の中で一番美しく,例の虚空に視線をさまよわせる弾き方を解禁していた。確かにこの楽章はリウが本領発揮すべき場所だっただろう。甘ったるいわけでもない,たゆたうような雰囲気はリウにぴったりであるように思えた。3楽章は多少,解釈に苦戦したのだろうかと思われた。リウの弾きたいイメージがあまり見えてこない。この人の音も,小林と同じくパールかと思っていたら意外にもダイヤだったのだが,私の勝手な印象では,この人にはもっとかわいらしい音の方が似合っているようにも思えた。

きっと聴くのに飽きてしまうだろうと思っていたが,まったくそんなことはなかった。小林さんのあたりからオケに疲れが出ていたように思えたが,演奏順ってとても難しい。どこが不利だとかどこが有利だとか言われるが,たとえばオケが生き生きと弾いてくれて合わせ甲斐があるという面では,不利だと言われる演奏順1番が有利だろうし,人の演奏を聴いて自分の参考にできるという面では2番以降がやはり有利だろうが,反面その人の癖につられてしまう可能性もある。結局,やはりこのコンクールは若手のプロの演奏家のコンクールなのだと実感した。プロの奏者である以上,いつも完璧なコンディションで弾けることが理想だろうが,キャリアの最初とかだと,急遽代役を頼まれて出演するとかいうことも大いにありうるだろうし,いついかなる状況下でも最高の演奏ができるようにしておくというのが,彼らにとって「コンディションを整える」ということなのだろう。本当に音楽の世界は過酷だ。