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It's hard but also rewarding:海外の大学で授業をするということ・TA編

おとといの授業をもって,TAとして受け持つ授業の半分が終わった。おとといのトピックは1840年代に断続的に発生したアイルランドの大飢饉で,三連休明けに扱うにしては割とヘビーなテーマではあったと思うが,グループごとのディスカッション・トピックが面白いものだったおかげで,みんな生き生き議論していたように思う。私の方も過去2回の反省を生かして授業の構成を少しばかり変えたのだが,それも功を奏したらしくて,今回はとてもやりやすかった。

ところで先週,私が最も落ち込んでいたとき,何か参考になるような体験談はないかと思って「海外 大学 授業」,それに加えて「する」までつけて検索したのだが,案の定海外の大学で授業を「受けた」体験談ばかりで,求める情報はちっとも得られなかった。しかし,私のような悩める新米教師はきっと一定数いるのではないか。そう考えて今日は少し,海外の大学で教える(というほど大層なことではないが)にあたって,ペーペーの私が工夫していることについて書いてみようと考える次第である。

1. 見開き2ページごとのラップタイムを計る

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これはもはや教えるためというよりも私の英語速読法なのだが,一応書いておく。私の日本語の本を読むときのスピードは周りが驚愕するほど速いのだが,当然というかなんというか,英語だとそのスピードがかなり落ちる。専門分野に関わる本や小説であればまだマシだが,専門分野でないものに関してはかなり遅い。20ページ前後の論文は1時間以内で読もうという目標を立てているのだが,より集中するため,見開き2ページごとにラップタイムを計測するシステムを導入してみた。ただしこれ,短期集中にはそれなりに効果的な方法ではあるが,非常に不愉快である。どうしても限られた時間で読まなければならないものがある時に限りおすすめしたい。

2. 授業ノートを作る

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授業準備としてはここからが本題で,私は5年前に初めて東大でTAをやった時以来,この方法をとっている。本格的に授業ノートを作るようになったのはこちらでTAをやるようになってからだが,これは非常に有用なので,おそらく今後一生やり続けるだろうと思う。

書く内容はもう,授業に関すること全部である。まずは授業計画で,1時間の授業時間をどのように配分するかをきっちり決める(ことゼミ形式の少人数授業において,最も大変な仕事はタイムキーピングである)。ただ大抵の場合スケジュールは遅れがちになるので,余裕を持って作っておくのが望ましいことは言うまでもない。後から自分で見るのは恥ずかしいが,授業の最初の雑談の内容なども一応書いておく。

それからこの写真の授業計画には書かれていないが,グループ・プレゼンテーションなどを行う場合にはそれぞれのグループごとのテーマ,メンバーの名前もすべて書いておく。ただ,プレゼンは学生の仕事なので,ここにはそんなに書くことはない。考えられうる質問や関連する事項などがあればここにちょこちょことメモしておくこともある。

それが終われば全体ディスカッションなのだが,これをうまく回すことが私の最重要業務である。きわめて活発な学生が偶然集まらない限り,学部生のゼミは静まり返ることも多い。そうならないように,適切な質問をいくつか用意しておき,適宜それを投げることが必要になってくる。いろいろ試してみたが,今のところ一番やりやすかったのは「プレゼンの内容は3通りあったけど,今日とりあえず私たちが共有している問題はこれだね」と大きめかつ曖昧な質問を最初に投げてからしばらく議論したうえで,「これについてはどう思う?」などと,質問のスコープを狭めていくやり方であった。もちろんこの際,「その意味では,○○が言っていた××というポイントはとても面白かったけど,△△についてはどう思う?」などと,それぞれのプレゼンについても具体的に何か,それもポジティブに言及できれば上出来である。

これをやっていてよかったのは何よりも,過去の自分が授業運営にあたってどのような工夫をしていたかをすぐに思い出せることだ。これは何より,ブランクがあった時に功を奏する。今回も私は2年ぶりのTAとなったので,始める前は勘が鈍ってしまっていた。今後のキャリアを考えても,私は女性なので,もしかしたら産休やら育休やらで教歴にブランクが空くこともあるかもしれない(あくまで結婚できればの話だが)。そういう時にも,非常に便利な方法なのではないかと思う。

3. リアクションペーパーを書かせる

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これはもう,私が勝手に楽しむためにやっていることである。みんな基本的に,ポジティブなことばかり書いてくれるので非常に励みになる。

同時に,ここに書いてあることを参考にして授業を改善することができる。「グループ・プレゼンテーションの時間をもっと短くして,全体ディスカッションの時間をもっと長く取ったほうがいいと思う」とか「グループごとに均等に時間を割り振るのではなくて,1人2分ずつ与えたほうがいいんじゃないか」とか書いてくれたので,それを参考にスケジュールを作り直したりした。

さらに,グループ・プレゼンテーションをする時には,これとは別に「ベスト・プレゼンテーション賞」投票用紙も配っている。「今日一番いいプレゼンをしたグループは?」「今日のベスト・プレゼンターは?」という質問に答えてもらい,私が後から集計してその日のうちに結果を発表する。これも,本来の目的はただ授業を楽しくするためだが,毎回「いいプレゼンをしたグループ」と「いいプレゼンター」を投票することによって,どんなプレゼンがいいプレゼンなのか,それに比べて自分のプレゼンはどうだったかなど,学生が顧みるきっかけにもなるのではないかと期待している。

必ず実行していることは上の3つに集約されるのだが,あとはひたすら,学生にフレンドリーに接し,彼らが何か相談してきたら出来うる限り親身になるように心がけてはいる。だって,ただでさえ私には言葉の壁というハンディがあるのだ。言葉は多少拙くても,真剣に授業に取り組んでいるよ,あなた方のことも真剣に考えているよ,というメッセージを人一倍態度で示さなければ信用してもらえない。そういうわけで最初の自己紹介の時は,ただ名前だけでなく,好きなことや出身地も付け加えてもらうようにしている。これを覚えておくと,授業の前後に雑談するときなど非常に便利なのである。たとえば旅行好きな子には,今度の連休はどこか行くの?と声をかけたりする。これは大学4年次の教育実習の時に学んだことだが,個人的に声をかけられるというだけで学生は非常に喜んでくれる。自分のことに関心を持って覚えてもらえるというのは,誰でもうれしいものである。

ただこれは,心がけるなんて大したことをしなくても,私が好んでやっていることではある。だって学生,かわいいんですもん。特にこちらではみんな,英語もとても流暢には話せない私なんかを信用してくれるのだ。それだけで私はもう十分でございますよ。私ができるすべてのことをしてあげようと思って余りある報酬です。2週間後に中間課題のエッセイが控えているので,昨日今日でもう8人くらいの学生から「こんなテーマでいいかな」とメールを受け取っているのだが,もうにこにこしながら全部に返信している。うれしいなあ。その中の1人,メアリーという女の子が,

Thank you for your time and working so hard on organizing our tutorials :)

とメールの最後に書いてくれていて,私はもう泣くかと思った。"Thanks so much your encouraging comment about tutorials. Yes it's hard but also rewarding, thanks to you all!"と返しておいた。

前にも書いた通り,今回のTAは前よりもずっと苦戦していて,いろいろ悩ましいことも多い。しかし結局,駆け出しでまだ大したことをやっていないからかもしれないが,やっぱり私は人に教えるのが本当に好きだと思った。そして,そう気づけて本当によかった。程度の差はあるようだが,欧米の大学では博士の院生にTAとして授業を受け持たせる制度を設けているところが多い。もしやろうかやるまいか迷っている方がいらっしゃるなら,ぜひやってみてほしいと思う。そしてそれがもし,言葉にあまり自信がないからというのであれば,大丈夫です,私にだってできます。"hard but also rewarding"(ハードだけどやりがいがある)な体験であることは,私が保証します。

最後に,私がこちらでTAをやるにあたって,授業の参考にするためにも,また励みとするためにも,何度も何度も読み返している本を何冊か紹介しておきたい。

歴史を学ぶということ (講談社現代新書)
 

 「励みとする」なんておこがましいにも程があるが,入江昭先生の自叙伝。「米国に住んで,その国の学生に彼らの国の歴史を教えるということは非常に魅力的であり,何よりもそのような機会を外国人の私に与えてくれた米国教育界の度量を示すものでもあった。」

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)

 

 

世界基準で夢をかなえる私の勉強法

世界基準で夢をかなえる私の勉強法

 

 奇しくもハーバードつながりとなったが,こちらは数年前から何かと話題の北川智子さんの本。どちらも刺激に満ちており,私は自己啓発目的でこの2冊を幾度となく読み返している。「私のクラスは,日本の歴史の専門家を育てるためのコースではない。100人の学生が,一生の中で,日本の中世の歴史事項を覚えていて,それを披露する場面がやってくるだろうか。そんな機会はほとんど想像できない。選択科目としてハーバードで学ぶ日本史は,今後,社会で役に立つスキルを身につけてもらってこそ価値があると思った。」アイルランドアイルランド史を教えているとはいえ,私のクラスも大半は短期留学生で占められており,ほとんどが選択科目としてアイルランド史を受講している。私も北川さんのこの言葉に倣い,アイルランド史の勉強を通して「歴史学的なものの考え方」を体験してもらえれば何よりだと思っている。