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ジム雑感

今日も19時に作業を切り上げ,さっさとジムへ行った。今週はすでに週2達成。わーい。

先週の土曜,今週火曜,そして今日と,コンスタントに3回も行くとさすがに体も慣れたらしく,今日はランニングがまったく苦にならなかった。おとといは暑くて暑くて,20分を過ぎたあたりだったから死にそうだったので,今日はタンクトップを着て走ったり,またタイムが見えるとそればかり気になるので,敢えてタオルでタイムを隠して走ったりと,ちょこちょこ工夫したのもよかったのかもしれない。5kmでは物足りなかったので1km追加して6km走ったほどだ。特に息切れもしなかった。ここからトレッドミルの速度を上げるとか(私は今10km/hで走っている),傾斜をつけるとか,レベルを上げるやり方はいくらでもあるのだろうが,私はとりあえず総距離を伸ばしていく方向でやってみたいと思う。とりあえずの目標は10km。

しかしこちらに来て驚くことのひとつだが,こちらの人々,ワークアウトが好きな割に持久力がない。トレッドミルで並んで走っていても,15分ともたずにやめてしまったりする。日本人の女が涼しい顔で(彼らにとっては)長時間走っているのは驚愕に値するらしく,何度も奇異な目で見られたことがある。とにかく一定のペースで走り続ければ5kmくらいならごく簡単なのだが,どうも彼らはそのあたりもわかっていないらしい。やたらと音楽プレーヤーをいじったり水を飲んだりタオルで汗を拭いたりしながら走っているが,そのすべての行為がペースを乱しているのだぞ君たち。どうせ音楽も,走る気分に合わせてアグレッシブなものでも選んでいるのだろう。ちなみに言うと,彼らは縄跳びもヘタクソである。水泳教室に行ったとき,「私はまあまあ泳げるんだけど」と豪語していた女の子は25mどころか12mも泳げていなかった。日本で私は体育において常に落ちこぼれであったが,それでも50mは問題なく泳げるし,縄跳びも二重跳びくらいまでならできるし,走れと言われれば40分は走り続けられる。国際水準で見た場合の日本の数学教育のレベルの高さはよく知られているが,実は体育教育もかなりのレベルなのではないか。おそらくこちらの人は,単純なトレーニングが嫌いなのだろう。日本の体育の授業のように,走った周回数の分スタンプを押したり,クラス全員が25mを泳げるようになる目標を立てたり,縄跳びのレベルがランクアップしていくようなシステムでは体育をやっていないのだろうと思う。えてして全体主義的になりかねない日本の教育システムが良いというわけでもないが,欧州の経済的停滞の要因はそうしたところにもあるのではないか,などと走りながら思った。

そして運動をしていてうれしいことのひとつは,体重計に乗るのが楽しみになることである。帰宅してシャワーを浴びて体重を計ってみたら,誤差の範囲と呼べるような増減ではあるが,また少し減っていた。わーい。自分史上最高のプロポーションで人生最良の日を迎えるべく,これからもせっせとジムに通おうと思う。もっとも,私は昔から白無垢や打掛といった和装の花嫁衣裳に憧れているので,プロポーションはほとんど関係ないのだが。そして何より,相手を探さなければならないのだが。