読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

11/8の記事を剽窃されたことにつきまして

今朝起きて,読者の方からメールをいただいているのに気づきました。

11月8日のブログですが、「[ここでは伏せます]」というブログの11月10日分の文章がマイ様の文章をパクリかというほど類似しているのでお知らせしました。<中略>これは当事者の申告じゃないとダメだと管理会社に伺いました。
マイ様のブログの愛読者として放っておけなくてmailしました。

えっ,そうなの!? うそっ,と好奇心半分で遊びに行ってみると,あら,これは,まあ。なお,生々しくなるので,こちらのスクリーンショットでは文中の人名(ハンドルネームですが)は塗りつぶしてあります。

f:id:Mephistopheles:20151112025536j:plain

f:id:Mephistopheles:20151112025512j:plain*1

最初は好奇心半分で見に行ったものの,あっぱれと言いたくなるほどの堂々たる剽窃ぶりに,予想以上にショックを受ける結果となりました。もちろん「そのまま」コピー&ペーストしたらその方がやってらっしゃるブログとの整合性が付かなくなるということで,ちょこちょこご自身の言葉に変えていらっしゃるのも手練れの仕業。これを見た同居人も,「これはかなり慣れてるんだと思う」と申しておりました。

この日記をご覧になっているみなさまはお気づきかもしれませんが,私は日本語横書き文では「,」「。」を使う習性です。そのカンマをわざわざ読点に変えていらっしゃるのも用意周到だが(相当面倒臭かったことだろうとお察しします),しかしながらこれが私の文章であることを示す証拠はまだ残っていて,たとえば「8月」や「9月」といった具合にアラビア数字を半角で書くのだとか,そもそも小林愛実さんの発言の書き起こしとかがまったく私のものなんですね。

剽窃されるほど私の文章に感銘を受けてくださったのだとしたら,それはもしかしたら光栄なことかもしれません。しかし,それでも,剽窃は絶対にやってはいけないことです。たかだかブログの文章ですし,それによって私に金銭的損害が発生したわけではありません。それくらいいいじゃん,と思われるかもしれません。もしかしたら,いや,この可能性は非常に高いと思うしそう信じたいのですが,当該ブログの書き手の方は,ご自身のなさっていることが「剽窃」だと知らずに,もっと気軽な感覚でコピー&ペーストなさったのかもしれません。この記事に書かれている通り,お嬢様と一緒に小林愛実さんの特集された「情熱大陸」をご覧になって,私と同じように感銘を受け,このことをブログに書きたいと思い,手始めに「情熱大陸 小林愛実」で検索され,たまたまヒットした私の記事をご覧になって,そうそう,と共感してくださった挙げ句,同じようなこと考えたからこれコピーして使おう,と思ってなさったのかもしれません。ただ,そうだとしたら,知ってください。「窃」という字が入っている通り,それは窃盗に等しい行為です

繰り返しますが,たかだかブログの文章を,窃盗だなどと騒ぎ立てるのも大げさに過ぎるかもしれません。私も今回は不問にしようかとも思いました。しかしそれができないのは,私はそれをやったら最後,職業的な生命を絶たれる身分だからです。最近では小保方晴子さんのニュースが記憶に新しいと思いますが,私たちはこの剽窃という行為がいかに恐ろしいものか知っています。だから,どうしても見過ごすことはできませんでした。さらに,ブログのプロフィールが正しいと仮定すれば,この記事を書かれた方はお嬢様を育てていらっしゃるお母さまだとか。お母さまがそんな行為をなさっていると知ったら,お嬢様は悲しまれるのではないでしょうか。もしくは,お母さまが普通にそんなことをなさっていたら,それを悪いこととは思わず育ち,お嬢様も同じことをなさってしまうかもしれません。海外の大学は言わずもがなですが,日本の大学も特に最近,この剽窃に関しては退学も辞さない厳罰をもって対処しています。*2今お母さまが悪気なくなさったことは,回り回って,お嬢様の将来にも関わってくることかもしれません。

他人の作品を自分のものとして発表することはなぜいけないか。この「知的所有権」の概念は,物品を盗むことと違って,確かにわかりにくいことかもしれません。しかし作品には,それを作るための労力と時間がかけられています。調べるために本を買ったりしたら,そのお金もかかっているでしょう。剽窃はそれをまるごと盗むことです。今回の私の記事にしたって,私はこの記事を書くために,小林愛実さんやこの番組を制作したスタッフに失礼がないよう番組をきちんと見返し,さらに文章も考えて,それなりに時間を費やしているわけです。当該ブログの書き手の方がその時間をかけて文章を書くのが面倒臭かったとは思いたくありませんが,その時間をかけられないから人のものをとってくるという考えはよろしくないように思われます。

また,何かを見聞きして感じたこと,さらにそれをどのような言葉で表すかは,感じた本人の財産です。しかし,似たようなことを感じることもあるでしょう。何かを読んで,そうそう,私もそう思う!と共感するときもあるでしょう。そのときはどうすればいいのか。出典を明らかにすればよいのです。たとえば今回の件でも,書き手の方が「『今日もてんてこ舞』というブログでも述べられているように」などと一言書いてくださり,さらに当該記事のURLを参考に貼ってくださった上で,私の意見を要約するような形をとってくだされば,「剽窃」にはなりませんでした。

そして何より,これは10年間もブログを書いている人間の感慨としていうのですけれど,文章は人のを取ってくるよりも,自分で書いた方が絶対に楽しいですよ。しかも,いやいや書かなければいけないレポートとかそういうのではなくて,趣味でやっているブログなんですから。文章の巧拙など関係なく,自分で考えたことを自分の言葉で書くことに意味があるし,それが楽しいのではないでしょうか。私ももう長いこと文章を書いていますが,自信がある記事が書けることなどめったにありません。ほとんどはただの日記です。でも,それでよいのだと思います。だって,ブログですもん。せっかくいい番組をご覧になって感じるところがあったのなら,それをそのままご自身のお言葉で書けば,私の言葉を切り貼りしてちょこちょこ修正したりするよりも,よほど読者の心を打つ文章になったのではと思います。実際に,私の記事にはなかった最後の締めくくりの言葉,「私の未来はもっと素晴らしい!!と言い切っているのですから」など,むしろ私にはなかった発想で,純粋に素晴らしいと思いました。せっかくそのようにお感じになるほどの感受性をお持ちなのですから,そのまま表現なさった方が絶対によかったと思います。他の方が書かれているブログとの出会いはいつも偶然ですが,こういう形で出会ってしまったことが残念でなりません。

私は常々,もっと多くの人が日常をブログにつづってくれればいいのにと思っています。日常でなくても,テーマは何でも構いません。文章をつづるという行為はとても面白くて楽しくて素晴らしいものだと,私は心底思っているからです。それが面白くて楽しくて素晴らしいのはやはり,自分の頭で考えて生み出した文章だからだと思います。断言しますが,こんなにお金がかからなくて楽しい遊びはない。だからこそ私は,1日中文章と向き合って疲れたあとでも,よほど頭がすっからかんでない限り,酔狂にもパソコンに向かい合ってまた文章を書くのです。頭の中でぼんやり考えていることを言語化するのは,最初はとても難しい作業です。言いたいことの半分もうまく言えないということが続くかもしれません。でも,がんばってその言葉を探すことに意味があるし,当意即妙の言葉が思いついた時の喜びと言ったらもう筆舌に尽くしがたいものがありますから。これは私が自信を持って断言します。日本語でも英語でも,きっとほかの言語でもそうでしょう。そしてその喜びはやはり,誰の力も借りず自分で思いつかなければ半減するものだと思っています。

自分の文章を生み出す喜びを,また自分の文章が人の目に触れて世界が広がるうれしさを,もっとみなさんに知ってほしい。そしてそのためにはやはり,ほかの何者でもない,「自分の」文章を書くという営みにきちんと向き合うことが大切なんだろうと思います。結局,剽窃がダメなのは,文章やアイデアを盗まれた人にダメージを与えることだけが理由なのでもなくて,やっぱりそれが,知的な営みの楽しさを台無しにしてしまうからなんじゃないでしょうか。それはとてももったいないなと,10年間もブログを書いて,また10年間近くも大学にいて,心から思います。

*1:しかし一応,出所を明らかにせずに引用してしまうとこれまた剽窃にあたってしまうので,こちらでこっそり。

Adagioの目覚め日記 : 小林愛実 @情熱大陸

*2:たとえば件の小保方さん事件の当事者である早稲田大学が設定しているガイドラインはこちら。

www.waseda.jp