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ネイティブチェックとピア・レビュー

学生たちは次の火曜日に中間エッセイの提出を控えており,うち数人は下書き段階で「ちょっと見てほしい」と私にメールで送ってきた。みんな送ってきたらパンクしてしまうと身構えていたのだが,提出に先立って下書きを一旦送れるような学生たちはそれなりに計画性があるということなので,結果的にそう多くはなく,命拾いした。

下書きを送ってくる学生たちの中には,非英語圏からの留学生も数人含まれている。やる気と計画性があるのはとてもいいことなのだが,ひとつ驚いたことがある。誰も自分の原稿をネイティブチェックに出していないようなのだ。今のところ,非英語圏の学生たちの原稿で見たのはドイツ語圏の学生2人(オーストリアとスイス)から送られてきたものなのだが,2人とも,英語は話すのも書くのもとても上手である。そりゃあもう,私よりはるかに上手だろう。しかし,彼らの原稿にはしばしば,ドイツ語起源であろうと思われる無意識の文法ミスが散見される。たとえば「○○'s」のアポストロフィを抜かす。またたとえば,名詞の頭が大文字になる。エッセイの採点にあたっては文法やスペルにいたるまでチェックするように言われているので,こうした小さなミスは積もり積もって大きな減点になってしまう。これはもちろん彼らだけの問題ではない。たとえば,こちらの日本の学部生と話していた時も,「締切ギリギリにやっと書き上がったので急いでエッセイを出した」とかいう話を聞くたびに,えっ,ネイティブチェックは……?と心中不思議に思っていたものである。私は自分の英語に自信がないのでネイティブチェックは欠かさないのだが,他の人々はなまじ英語ができるから,油断するのかもしれない。

しかし,仮にも人に見せるものである。いかに語学に堪能でも,予測できない無意識のミスは,本当にネイティブ並みと呼べるレベルでない限り防ぎようがないもので,そんなミスを含んだものを提出するのは失礼にあたるでしょうよ。それに,いちいち何か書くたびにネイティブチェックを頼まなければならないのは,そりゃ気が引けるし面倒なのだが,その一方で私はこれを,非ネイティブとしての強みのひとつでもあると思っている。まず,ネイティブチェックに出さなければと思うと必然的に前倒しで原稿を書かなければならなくなるため,よほどのことがない限り焦ったりしなくて済む。それからネイティブチェックに出すということは,単に言語の問題だけではなく,第三者に客観的な視点から原稿を読んでもらえるということでもあるため,そこで得られた助言は推敲する際にとても便利である。言い回しがわかりにくかったり,文章が長すぎて主述がねじれてしまっていたり,論理展開が独善的だったり論理飛躍があったり,そういう文章上の「引っかかり」も指摘してもらえるのはとてもありがたい。もちろん,チェックしてくれるネイティブスピーカーがどれほど「敏感」かにもよるのだが。

ということを,2週間くらい前にぜひ伝えておくべきであった。そして提出前の原稿を見せ合ってコメントをつけあう,いわゆる「ピア・レビュー」は,非ネイティブでなくても,ネイティブ同士であってもきっと有用なテクニックである。私は自分が教える学生たちには,ぜひとも言葉と文章に適切に気を遣える人になっていただきたい。それはきっと,社会に出ても役立つはずである。期末エッセイの前には必ずみんなに言おう。そして日本で教えることになっても,口を酸っぱくして言おう。