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The Dressmaker

※核心に触れる記述があります。


The Dressmaker (2015) Official Trailer (Universal ...

騙された。

見事に騙された。あとから慌てて映画評を検索して,「そういうことか」「うわーそういうことか」と何度も納得した。「観客は『もっとお行儀のよい』作品を期待して映画館に足を運ぶだろう」というのが映画評の主旨であり,私も見事にそう期待していた。だってこの予告編,どう見てもはみ出し者の女性が故郷に帰ってきて,最初は反発されながらも,その洋裁(西洋で裁縫のことを「洋裁」と言うのか知らないが)の腕によって徐々に住民と良い関係を築くようになる……といったような,『ショコラ』的展開を期待するではないか。違った。この印象,この衝撃,どうも既視感がある,なんだろうなんだろう……と考えていたら,あれだ。ドッグヴィル*1だ。そもそもレートが「12A」であった時点で,あれ,おかしいな,とは思ったのだ。マイルドな濡れ場でもあるのだろうと甘く見ていた。いやいやいやいや。まさかですよ。まさかでしたよ。昨夜観劇した『蝿の王』と同じで,この作品ももう,とことんまでに人間の無邪気な性善説信仰を哄笑する。『蝿の王』よりもタチが悪いのは,最後の最後まで少しばかり希望を見せているということである。

ティリー(ケイト・ウィンスレット)は,未婚の母でありかつ変わり者であることから町中からアバズレ(slut)呼ばわりされている母モリーとともに,昔から町の嫌われ者であり,10歳の時自分をいじめていた男の子を殺した嫌疑をかけられて,「追放」されたような形になって町を去る。彼女はロンドン,スペイン,パリを転々とし,クチュリエの修業を積んで,生まれ育った忌々しい町に戻ってくる。彼女の「帰還」は最初こそ小さな町にセンセーションを起こすが,冴えない若い娘ガートルードを華麗に変身させ,町一番の名士の息子と婚約させるに至ったことから,町中の女性がティリーにオートクチュールを注文するようになる。

彼女はこうして受け入れられたかに見えたが,そこへ少年殺しの噂が重く影を落とす。さらにティリーの周りでは,見事にバタバタ人が死ぬのだ。しかも,とてもあっけなく。ティリーの疑わしさは増すばかりである。ガートルードをはじめ,ティリーに服を注文した女たちもあっけなく手のひらを返す。モリーの活躍によってティリーに大逆転のチャンスが与えられたかに見えたが,ティリーはそのチャンスを違った形で利用する。

この作品,人間の「見たくない」部分をこれでもかと眼前に突き付けてくる。露悪ぶって性悪説を唱えるのは簡単だが,その実ほとんどの人がそれを信じていないのではないか。私もこんなにがんばっているのだから,周りはきっと認めてくれる,あの人もこの人もきっと自分の味方になってくれる,と思いながら生きているし,たとえば映画などのフィクションにもそれを期待するのではないか。しかし,人生はそう簡単ではない。裏切るなどと思ってもみなかった人が裏切るし,死ぬなどと思ってもみなかった人が死ぬ。そして人は易きに流れるし,楽しそうなことを信じるし,性根が悪い人間が改心することはないのだ。はあ,『ショコラ』はなんだったの。流れ者の親子がチョコレートの魅力で敬虔なカトリシズムに支配された町を楽しく彩る物語は,あれはまやかしだったの?なんというか,これまで映画を見てきて信じていたものすべてに裏切られた気さえする。

しかしその反面で,このなんとも言えないカタルシスはなんであろうか。これも『ドッグヴィル』と同じで,救いのないラストなのにもかかわらず,なにやら爽快なのである。負けっぱなしだった人間が最後に一矢報いる。その「一矢」が本当に強烈で,唖然としながらも小気味よい。 

The Dressmaker: A Novel

The Dressmaker: A Novel

 

 実はこちら,原作小説があると今日まで知らなかった。今度図書館で借りて読んでみよう。

*1:セットを作らず,地面に描いた線だけでひとつの村を表現するなどの実験的手法が特徴的な傑作ですので,ご覧になってない方はぜひ!ただ,とても長いのでお気をつけあそばせ!


Dogville Trailer - YouTube