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海外の大学で授業をするということ・総集編

今日の2つのチュートリアル・セッションをもって,今期の授業が終了した。考えてみれば長かったような,短かったような,途中嫌になることも多々あったにも関わらず,なんだか終わってみると寂しい。いや,終わってみるとというか,昨日既に,これで終わりなのかとしみじみ考えながら最終チェックをしていた。私が教える授業ではいつもだが,今日は最終授業だったので,学生たちにクリスマス仕様のチョコレートを配り,記念写真を撮った。

おそらく,というかだいぶ確実に,これでしばらく海外の学生に教えることはないだろう。まして,アイルランド人学生にアイルランド史を教えることはないだろう。2年前,はじめてのTA業務が終わった時もそう思ったが,降ってわいたように今回またTAをする機会を得た。残念ながら,最初は「得た」とは思えなかった。私は博士課程の最終学年であり,他にやるべきことは山ほどある。TA業務が推奨されていることを理由に,この大学の奨学金に応募するのをかなりためらっていたほどである。しかし結局,大学から奨学金をいただけることになり,したがってTAをやることになった。唯一の金策であるなら仕方ないと思った。2年前の楽しい思い出は残っていたものの,準備に追われて他のことが何もできなかった思い出もまた残っていた。つまり私はチュートリアルを受け持つ期間,何もできなくなるのだと覚悟していた。

前回こちらにも書いたが,*1私の受け持つ2つのクラスには,ふたを開けてみたらアイルランド人だけでなく,多くのアメリカ人留学生,それにErasmusというプログラムで欧州内留学をしているフランス人,スイス人,オーストリア人学生がいた。ということで,私は「自国史」としてアイルランド史を教えることはできなくなった。さらに学生の専攻も様々で,地球惑星科学専攻の学生までいた。歴史学専攻のアイルランド人学生にアイルランド史を教えるのと,このような多様性に富んだ学生たちにアイルランド史を教えるのとではかなり事情が異なる。私は初回の授業で初めてこれを知り,方針の転向を余儀なくされた。つまり私は彼らに,「一般教養」として役に立つアイルランド史を教えることが求められていた。

しかし最初こそ困ったが,まず彼らは2年生で,しかも専攻している学問は別にある。彼らにはまず,歴史学を学ぶ上で,もっと広く言えば人文系諸学問を学ぶ上で不可欠な「前提とされていることを疑う」という姿勢を身に着けてもらうことを目標にしようと考えた。毎回の授業には,そのきっかけとなるような質問を用意して行った。「前提」をあまり問い直せていないなと思った学生には,「でも,たとえばこれはどう思う?」という旨の質問をすることで,より深く考えてもらうことにした。さらに言えば,もともとは私自身も外国人でありながらアイルランド史を学んでいる身である。私の問題関心は,そのまま彼らの問題関心にもなりうるはずだと思った。私の問題関心とはつまり,平たく言えばアイルランド史は役に立つのか」ということである。アイルランド史を,アイルランド一国の枠組みの中だけで,特殊なものとして考えている限り,アイルランド史は何の役にも立たない。そうではなくて,国史の枠を超えてアイルランド史を考えなければならない。私自身が学部生時代から持ち続けているこの問題意識について,改めて考え直すことができたのは,誰よりも私にとって幸いなことであった。そしてもちろん,毎回そのような話題を用意した。私のチュートリアルが,学生にとってもまたアイルランド史を広い文脈で考え直すきっかけになったとしたら,それに勝る喜びはない。

最初に書いた通り,アイルランド史をアイルランド人学生に教える機会は,今後しばらくないだろう。確かにそれは残念至極である。しかし今回の経験は,日本で一般教養として歴史を教えるにあたって,この上なく役立つものであるに違いないと思っている。もちろん,日本に限らずアイルランド以外のどこででも(使用言語が英語か日本語である限り)。2年前のチュートリアルが終わった時には,これでそれなりに,英語で授業をする自信がついたと思った。そして今回は,もちろん勝手な思い込みであることは承知の上で言うが,アイルランド近現代史を,世界のどこででも,しかもきちんと今後の人生に役立つものとして教えることができるようになったと思っている。「教歴」を積むことは駆け出しの研究者にとって非常に重要だが,こんなにも,ただ履歴書の足しにするだけには惜しい教歴を得られたのは本当に幸運なことであった。

留学の形態にはいろいろあって,博士課程の留学では特に数年間引きこもって論文を書いただけ,とかになりがちである。私はそうではなくて,こちらの大学独自のシステムにある程度関わりながら留学できているのがとてもうれしい。こちらで得たすべての経験を糧に,「グローバル」で「ハイスペ」な歴史学者になりたいと思う。などと言うととんでもない野心家のようだが,それくらい大風呂敷を広げなければ,今まで私を育ててくれたすべてのものや人に顔向けができない。それにもともと,私はとんでもない野心家なのである。

それでは最後に,今回のチュートリアル・セッションを振り返って私の脳裏に浮かんだ一言をこちらに書いて今日は筆を擱こうと思う。

楽しかった。最後の瞬間に浮かんだ言葉は,この一言でした。
夢のために命を賭けられるこの場所で,歴史家・my を磨き上げられたこと,幸せな時間でした。
こんなにも魅力的で,こんなにも苦しく,こんなにも幸せな場所は,ないと思います。*2

ああ!! ラントム!!