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エッセイ・クライシス:TA継続中

明日!授業を!しなくて!いいという!この!解放感!

いやー,まことにうれしいものがある。授業は授業で楽しかったが,やっぱり週3日は授業のために費やしていたし(準備2日+授業1日),これからは自分の好きなことだけをできるのだと思うとうれしくてたまらない。やりかけのものがいろいろ溜まっているから,どれから手をつけようかな。博論の第1章の校正をするか,それともこの前メアリーにいろいろコメントをもらった投稿論文を直すか,それとも日本の雑誌に出す論文の訂正をさっさと済ませてしまうか,ああ優先順位をどうしよう。わくわくする。

しかしながら私にはもう1つTAとしての大仕事があって,それは学生の期末エッセイの採点である。先々週まで,古傷のペンだこにひさしぶりの痛みを覚えながら学生たちのエッセイに赤を入れていて,ようやく終わったと思ったのに,またすぐこれである。ちなみに今日の午前11時がエッセイの提出締切になっていたので,先週は質問メールのオンパレードであった。お決まりの「テーマこれで大丈夫ですか」に加え,今回は一次史料の使用が義務付けられている*1ので,その一次史料がうまく見つけられないといった悲鳴も多かった。日本の学生は手取り足取り教えてあげなければ自分で何もできないといった旨の不満はたまに漏れ聞こえてくるのだが,こちらの学生もおそらくそこまで変わらない。私自身も,テーマの選定にはものすごく悩んだし,今考えれば自分ではとても粗いテーマ設定しかできなかったと思うし,一次史料をどうやって見つければよいのかもわからなかったし,しかもそうしたことがようやく,不完全にでもできるようになったのは修士課程のことである。それに比べて彼らはまだ2年生なのだから,ずいぶん優秀だとは思う。もっとも,だからもっと自信を持てばいいのにとも思うのだが。

さらに,昨日は学生の1人から,"Essay crisis"という不穏な件名のメールが入っていた。しかも宛先は,私と私の指導教官(授業をしている先生),それに歴史学部長になっていた。おそるおそる開いてみると,エッセイの結論部分を書いているところでwordがおかしくなってしまい,前に保存していたどのヴァージョンも復元することができず,エッセイの半分が文字化けしてしまった,との身の毛もよだつような内容であった。必死で書き直しているが締切に間に合うかわからないとのことであり,さらに「これが単なる言い訳ではなく,また私が事実上もうそろそろエッセイを書き終えるところだったということを示すため,私の執筆プランと読書メモも添付しておきます」との一言も加えられていたところに,彼女の真剣さが垣間見えた。こちらの大学では1単位でも落としてしまうと留年するというような話を聴いたことがある。彼女もそういう状況なのかどうかはわからないが,少なくとも日本の大学のように,レポート出せそうにないからこの授業切っちゃえ,というような感覚ではないのかもしれない。

この問題について,私はただ採点するだけが仕事であり,しかもこのエッセイは前回と違って彼らの成績に直接かかわるものなので,提出が遅れる時どのようにすればよいか,勝手に判断することはできない。しばらくすると指導教官が彼女に返信していて,「今日の締切に間に合わないからと言ってパニックにならなくていい,明日提出してくれればそれでいいよ」とのことであった。これも日本の大学だと,締切を1分でも過ぎたらアウトだったりするが(いちいち許していたらキリがないからだろう),思ったよりイージーな対応であったことに驚いた。きちんと事前に連絡があったからだろうか。

こんな具合で,TA経験は思ったよりもずいぶん多くのことを学ばせてくれるものである。日本の院生のみなさまはもちろん,留学先でやるかどうか迷っていらっしゃるみなさまには,ぜひ強くおすすめしたい。将来教職を目指すなら,たぶん決して損はない経験だと思う。私自身のためにも,教え方のポイントで気づいたことなど,またまとめてみたいものだと思っている。そして,自分に言い聞かせる目的で何度も書いているが,エッセイの採点,今回は必ず2日で終わらせよう。

*1:とはいえ,史料調査に出なければならないような性質のものではなくて,新聞データベースから新聞を探して使うこと,という程度のもの。