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Christmas drink 2015

年に1度の歴史学科院生クリスマス飲み会であった。風邪をひいており,しかも外は暴風雨という最悪のコンディションにも関わらず,夜にダブリンの街中へ繰り出した。

院生は普段おのおの作業に勤しんでいるので,あまり顔を合わせる機会がない。だからこの院生クリスマス飲み会は,毎年1度の貴重な機会である。普段私は飲み会などを忌避しがちなのだが,この飲み会にだけは毎年必ず馳せ参じている。今年も早々に会場のパブに到着した。

ところが私が最初に座ったテーブルは,院生とはいえ修士課程の学生たちの牙城であった。日本では修士も博士も院生以上は同じ穴の貉といった趣だが,こちらの修士課程はtaught mastersというコースが主流であり,その少人数のコースごとに授業を受けたりセミナーを受けたりするので,博士課程の学生とはかなり雰囲気が違う。なんというか,若いのである。そしてここでもおのずとコースのメンバー同士で固まっており,さらに彼らは中世史や近世史のコースを履修している学生たちであったために,おそろしく話が合わない。そうなんだー,へーえ,私日本から来たんだけど,日本のシステムとかなり違うねー,を繰り返して数十分,早くも疲弊した。2年前に博論を提出したアレックスと最近提出したリアの友人カップルがその机の端に座っているのを見つけ,さりげなくそちらへと移動し,「おねがいだから助けてくれ限界だ」と泣きついて,どうにか話が合う人々と表面的でない話をする幸運を得た。リアはボストン出身のアメリカ人なのだが,このあと一旦ボストンに戻り,高校で数か月教えるらしい。へえ,そうすると遠距離だねえ,時差もあって大変だねえ,と話していたのだが,このカップルはおよそ1年前にはアレックスがポーランドポスドクをやっていたため,遠距離から一瞬ダブリンに戻ってきてまた遠距離のスタート,といった感じである。研究者には大抵の場合,勤務地の自由はほとんどない。研究者同士であれ片方が研究者の場合であれ,長期的あるいは短期的にパートナーと離れて暮らすことはある程度覚悟しなければならない(し,してもらわなければならない)。実際のところこれは,私の婚活においてもかなりのネックだろうと覚悟はしている。その点アレックスとリアは「まあそうだね,大変は大変だろうね,でも時差6時間くらいどうとでもなるでしょ」と楽観的であり,非常に頼もしく思った。

アレックスとリアと私は「もしかして我々最年長じゃないの」などと話していたのだが,しばらくすると博士課程の友人たちも続々と登場し始めた。私も最初に買ったパイントが空いたので,新しい飲み物を買いに行きがてら,新しく到着した友人たちと話し始めた。同い年で同学年のナサとは,「もうすぐ30だねえ」という話になった。彼女と私とは誕生日が6日しか違わないのである。こちらの人々は日本ほど年齢を気にしない印象があるが,やはり30というと良くも悪くも「節目」ではあるようである。ナサにはオシーンという長く付き合っている彼氏がいるので,自然とその話にもなり,さらに「博士ももうそろそろ終わるし,オシーンも立派なお仕事しているし,結婚とかしないの?」と質問もしてみた。ナサもそう考えてはいるが,あとはオシーンに聞いて,と冗談めかして言っていたあたり,やはり結婚も含めた「これからどうするか」についての話は,「アラサー」女性の共通言語のようなものだなと思った。私もほどよく酔っていたのもあり,いや白状するけど日本の婚活サイトに登録してね,と余計なことを言った。アイルランド人じゃダメなの?と切り返され,一瞬酔いが覚めた。

そのあともしばらく数人と話し,2パイントめが空いたところで,そろそろ真夜中も近くなってきたので帰宅した。いつも22時頃には切り上げて帰っているので,こんなに長くいたのは初めてかもしれない。

来年の9月に博論を提出する予定なので,私にとってはおそらく,これが最後のクリスマス飲み会である。だから今日もあまりコンディションがよくなかったにも関わらず出向いたのだが,なんだか最後だと思うと,無性に寂しくなった。帰路のダブリンはイルミネーションに彩られていて,それは日本とは比べ物にならないくらい小規模なのだが,この街で長い学生時代の最後の数年間を過ごせて幸せだったなと,酔ってふわふわした頭でしみじみ思った。