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21 demands

京大の日本史の先生を招聘した講演会が行われるという知らせを見たので,出席してきた。こういう知らせはいつもギリギリに届くが,今回はFacebookの研究科ページへの投稿で知らされるというびっくり仰天なフランクさであった。

対華二十一ヵ条要求とは何だったのか――第一次世界大戦と日中対立の原点
 

 講師はこちらの本でサントリー学芸賞を受賞なさった奈良岡聰智先生で,現在はLSEにいらっしゃるという。こんなことなら帰国中に本を読んでおくのだった。対華21ヶ条要求について,手持ちの本やらインターネットであわてて復習して臨んだ。

基本的な情報から丁寧に説明してくださるので,私のような門外漢でもわかりやすくてありがたかったが,一方でこちらの人は,そもそも戦間期のアジアのことをどれくらい知っているのだろうとも気になった。先生も最初におっしゃっていた通り,第一次大戦は長らく欧米の文脈でのみ理解されてきた節があり,アジアにも大きなインパクトがあったのだということが言われるようになったのは比較的最近である。ましてこちらの人は学校教育で日本史を学ぶわけでもない。おそらくは第二次大戦前夜の日本の帝国主義的伸張や侵略の一環,というだけの印象なのかもしれない。

また「戦間期」が割と明白な欧米と異なり,東アジアではそれこそ日本がうろちょろしていたおかげで,この期間が曖昧になっている印象がある。そういう意味で,東アジアでは第一次大戦から第二次大戦に強い連続性があると私自身は思っていたが,先生は東アジアでもこの戦間期になされたことを看過してはいけないとのお考えであり,したがって第一次大戦と第二次大戦を単純に結びつけるのは間違いであるとの結論で締めくくられていた。

そして,こういう日本史の講演会でなにより興味深いのは,こちらの聴衆から寄せられる質問である。一番面白かったのは友人であるアレックスの質問で,「井上馨が『天佑』などというスピリチュアルな言葉を用いて開戦を促したのはなぜか」というものだった。「天佑」はこの講演の中で"heavenly blessing""divine destiny"と訳されており,おそらくその"divine"が西洋の人々にとって宗教的な印象を与えたのだと推察するが,それにしても,そんな思いもよらないような質問が出たことに驚いた。先生はそれについて,これは当時の日本が日露戦の勝利を経てなお大国として認められないことに不満を持っていたこと,またアジアでの日本の優越を主張していたことに起因する発言であると考えられ,宗教的な意図はないのだと説明なさっており,一見突拍子もない質問にもきちんと整理して答えられたことに(自戒を込めて)感銘を受けた。

博論を書いていたりすると,どんどん視野が狭くなるものである。特にあと半年は総仕上げの段階なので視野は狭くなる一方だから,こういう講演会やセミナーの機会はきちんと大事にしようと思った。思ってはいるんですけどね。こっちのアイルランド史のセミナー,重箱の隅をつつくような研究ばかりであまり面白くないのですよね。