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そっとおすすめしたい作家エリザベス・ボウエン

 

Collected Stories (Vintage Classics)

Collected Stories (Vintage Classics)

 

「女は怖い」という物言いは,そもそもあまり好きではない。 特に殿方が好むところの「女は怖い」系エピソードーたとえば友人を装って陰では悪口を言い合っているとか,人によって態度を変えるだとか,嫉妬深いだとか,そういうのは女に限らず人間関係一般にありうることで,本来「女性性」とは関係ないものだと思う。さらにそういうのって,実は別に怖いことでもなんでもないことが多い。嫉妬するだの,「マウンティング」するだの,そういう行動は自分の弱さを認めたくないがゆえの逃避行動であることがほとんどなので,それは怖い人ではなくて,かわいそうな人なのだ。身の回りに「怖い女」がいなかった(いても視界に入らなかったのかもしれない)せいかもしれないが,いつもこういう「The オンナ」のエピソードを聞くたびに不思議で仕方なかった。

と,はなから「女の怖さ」に懐疑的な私が唯一「女は怖い」と思うのが文学作品の中なのだが,中でもとっておきの「女の怖さ」を体感させてくれると思うのが,エリザベス・ボウエンの作品である。

「ゴシックフィクション」だとか「ビッグ・ハウス小説群の流れを汲む最後のアングロアイリッシュ作家」だとか,ボウエンを彩る形容詞はいろいろと多いけれども,そのどれもが正解で,しかしどれもが不完全である。Wikipediaには「心理小説」とあって,それも一見正しそうに見えるのだが,心理描写なんて,親切なことはしてくれないのだ。おそらくこれがボウエン最大の特徴なのだが,ボウエンは結末に近いところまで語ってくれはしても,ほとんどの場合「結末」そのものは語ってくれない。あとは自分で考えてね,ここまで言ったらわかるでしょう?と,うすく微笑んで立ち去ってしまい,読者は困惑とともにその場に取り残される。えっ,つまりこういうことでいいの,ちょっとどうなの,説明してよ,ちょっと,と取りすがりたくても,語り手の姿はすでにそこにない。だからこの作家は,おそらくはものすごく好き嫌いがわかれる。こんなふうに,生煮えにされる読書体験が嫌いな人には向いていないだろう。日本でそれほど知られていないのも,たぶんその理由が大きいと思う。派手な種明かしやどんでん返し,スカッとする読後感を求める読者には,残念極まりないのだがボウエンはおすすめできない。本を読んだ後や映画を見た後,あれはなんだったんだろうどういう意味があったんだろう,と一人でぐだぐだ考え続けるのが好きな(私のような)方々にこそ,おすすめしたい作家である。

ボウエン作品の,この「結論」を明示してくれない感じ,そしてそれを「怖い」と思うその感じ,私にとってはこれこそが,「女の怖さ」の特徴として思い浮かぶものである。思っているけど言わない。わかっているけど答えは教えない。言外のメッセージに気づかない鈍感な人間が,やっと「相手が何か言いたそうだった」と気づく時,そのとき相手はそこにいない。ボウエンの語りがそうであるように。察せられなかったら,その時点でコミュニケーションは終わるのである。私自身は女性でありながら,この非言語的コミュニケーションがすこぶる苦手である。言いたいことがあれば言うし,曖昧な結論ははっきりさせるし,とにかくきちんと言語化していく方が好きである。もしかして相手に伝わってないかも,とかいうことで悩むのが実に性に合わないのだ。「言わなくても察してほしい」とかいう考え方ももちろん嫌いで,言われないことは永遠にわからないし,もしわかったとしてもわからないふりをしている。ただボウエンを読んでいると,でもなんだかんだ言って,そういう非言語的コミュニケーションが女性の魅力でもあるのかしらん,と思えてくるのだ。秘めたる部分が多いほど,表に出さない部分が多いほど,もっとその先を知りたくなるのではなかろうかと。実際に私が,さらなる焦れったさを求めてボウエンを読みふけったように。マゾヒスティックな悦びかとは思うが,この突き放される感じ,癖になることこの上ないのだ。結局怖さと美しさって表裏一体で,人が「女は怖い」という時,その裏には憧憬に似た感情があるのだろう。

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ちなみに,ボウエン自身はこんな感じのかっこいいマダムであり(煙草を持っているところがかっこよくてたまらん),陰惨な女の心象風景を書かせたら右に出るものはいない作家のようには全く見えない。ちょっと裏切られたような気さえする。こんな物語を書く人と言うのは,たとえば白石加代子のような,ちょっと幽鬼に片足を突っ込んだような外見であってほしいものだ(決して白石加代子のことを悪く言っているわけではありません)。

ボウエンは90編もの短編を書いているが,一話で端的に「これぞボウエン!」と知りたいなら,「悪魔の恋人(The Demon Lover)」をおすすめしたい。代表作と言って差し支えない作品なのではないだろうか。私もこの作品でボウエンを知った。冒頭から流れるどことなく嫌な雰囲気,真綿で首を絞めるように不吉なものがしのびよってくる感じ,放り出されるエンディング,などなど,ボウエンの粋が詰まっている。独特の不協和音を楽しみたいなら"Making Arrangements"もいいが,ボウエン作品にしては説明が少しくどい気がする。"The Apple Tree"や"Hand in glove"のように実際に幽霊が出てくるものもあるのだが,幽霊の描写なら日本人ホラー作家の方が格段にうまい気がする("Hand in glove"は私には少し滑稽な話にすら思えた)。ちなみに下に一例を貼る通り,邦訳も出版されています。しかし1話あたり5~6ページの,もはやショート・ショートと言ってもいいような短編ばかりなので,英語が読める方はぜひ原著に挑戦なさってもよいかと存じます。

あの薔薇を見てよ―ボウエン・ミステリー短編集 (MINERVA世界文学選)

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 それから,ボウエンの作風がもしお気に召した方がいらしたら,ぜひロアルド・ダールの短編もおすすめしたい。

Kiss Kiss

Kiss Kiss

 

 

キス・キス (ハヤカワ・ミステリ文庫)

キス・キス (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 ボウエンのように,結末近くで筆を折るような暴挙には走らないものの,「頼むからはっきり書いてくれ」と叫びたくなる感じは,こちらもまったく引けを取らない。「なんか嫌な雰囲気」と後味の悪さもしっかり保証します。真綿で首を絞められたい方は,ぜひ。