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not uninteresting

留学体験記を書かなければという話を先輩にしたら,参考になるから読んでみたらと言われて一編の体験記を送られた。さっそく読んでみたのだが,体験記の様式として参考になるというよりも,その内容に竦みあがった。代表的な恐ろしいエピソードを抜粋してみると次の通り。

  • ミーティングでは常に「懐疑と叱責の声」を投げかけられ,指導教官2人は「日本人に英国史がわかるものか」と話し合っている
  • アップグレードを認めてもらえない
  • セミナーで口頭報告したのち,指導教官から初めてかけられた褒め言葉が「面白くなくはない」(not uninteresting)

そして何より恐ろしいのが,この体験記を書かれた方が,博士課程チューターである別の先生からは指導教官交代の可能性も考えるようにとアドバイスされつつも,「私自身がヒストリアンとして幾分ましなものになっていくように感じられたことを私は素直に受け止めてみようと思」い,「彼にチャレンジすることを選んだ」ということである。本当に,頭が下がるというか,私にはとてもできない。すぐに荷物をまとめて日本に帰国していただろうと思う。

留学するときの指導教官候補の選び方として,一番やりがちなのは文献で読んで知っていたその道の第一人者に指導を仰ぐことである。世界をリードする高名な研究者の弟子になれるのは,それはとても幸せなことだ。しかし非常によくあるパターンとして,よい研究者であってもよい教育者ではないという例がある(上記の体験記に出てくる教授がそうであったというわけではない)。

私が最初指導を打診したのはオクスフォードの教授であり,この教授はアイルランド近現代史ではその名を知らないものはいないほどの有名人である。加えて,きわめて浅はかであった24歳の私はもちろん,「オクスフォード」の名前に惹かれたのである。しかし彼に会いにオクスフォードへ行った私は早くも現実に打ちのめされることとなった。おそらく彼に師事していたら,私は上記のようなヴァイオレントな博士課程を送ることになったであろう。

そしてそれを,こちらの筆者の方のように「挑戦し甲斐がある」とポジティブにとらえ,どんな厳しい現実にも屈せずに喰らいついて見事に博士号を取得なさる方もいる。しかし留学というのは,ただでさえメンタルが疲弊する。慣れない外国での生活に,拙い外国語では半分も思ったことが伝えられず,最初の方など無力感に苛まれることばかりである。紆余曲折の末,私が指導をお願いした今の指導教官は2名ともとても温厚な方であり,私が何を持って行ってもいつも"very interesting(とても面白い)"や"this is novel(斬新だ)"などと励みになることを言ってくれる。私はもともと自分が「たたかれて伸びる」方だと思っていたが,20代も半ばを超えるとあまり自分の精神力を過信しない方が良いと思った。その結果ここへきて今の指導教官について,本当によかったと思っている。これまでの4年近くを振り返ってみても,彼らの励ましには感謝しきりである。そして何より,私はこの方に比べてこんなに優しい指導教官に褒めてもらっておだててもらってぬくぬくと研究してきたのに,今ひとつきちんと博論を仕上げられていないことを心から情けなく思う。育て方としては対照的だが,私も彼らのもとで,「ヒストリアンとして幾分まし」になってきた自覚はある。彼らが誇りに思えるような成果をあげて帰国したいし,「マイは私の弟子だ」といつまでも胸を張ってもらえるようなヒストリアンになりたいものだと思う。

さて,反省したところで,明日はこちらに戻ってきて初めての面談なのである。最近研究が停滞気味なので,実は少し気が重い。そして明日は,私が博論で結局何を言わんとしているのかを改めて伝えてこようと思うのだが,ちょっと挑戦的なことを言っているのでこれまた心配である。not uninterestingならまだいいが,not interestingと言われないことを祈るばかりである。

それにしてもnot uninterestingの,このあふれ出る「英国」感。二重否定なんて,まずあまりお目にかかれない。