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英語コンプレックスの深層:発音編

私は英語が苦手である。と言っても誰も信じてくれない。英語圏の国に4年間も留学していて,英語が苦手であるなどというのは信じがたいことであるらしい。またまたあ,とか,ご謙遜を,とか,そういう反応をされる。

確かに私は,大学院の博士レベルで留学しているから,読み書きに関しては高度なレベルでこなすことができる。うちの大学は留学生の英語力水準としてIELTS6.5を最低レベルとして要求しているが,私はもちろんこれを達成して合格している。先生や友人と英語で話すことももちろんできるし,学会で英語でプレゼンすることもできる。つまりどれをとっても,一般的に日本で英語が「苦手である」というレベルではない(自慢かよと思われた方,決してそうではなくて客観的に書きたいだけなので,どうか許していただきたい)。しかし,それでもなお,英語への苦手意識が消えないのだ。確かにおかしな話ではある。では,何が私に苦手意識を抱かせているのか,ちょっと考えてみることにした。

最大の理由は,やはり会話である。日本語では私は話し好きな方で,よくしゃべる人間である。性格を考えても,内向的とはとても思えない。授業などでもよく発言する方なので,いわゆる「典型的な日本人の性格」ではない。そんな私が,英語になると自信を持って話すことができなくなる。おそらくはそれほどまでに,「きちんとした英語を話さなければ」というプレッシャーは大きいものなのだろうと思う。さらに,背景知識がないことは話せないという問題もある。たとえば,私は指導教官と論文の内容などについて議論することはできる。しかしこちらの友人と飲みに行って,彼らが「子供のときこんなおもちゃあったよね」みたいな話で盛り上がり始めると,私は沈黙する他ない。つまり,「高度なトピックについて議論できるかどうか」は,よくよく語学力の指標と考えられたりするが,はっきり言ってそんなことは関係ないと思う。文化を共有しているかどうかというのは,やはり大事なことなのだ。

こうしたことをどう解消するか。まず,最初の「きちんとした英語を話さなければ」というプレッシャーから沈黙しがちになってしまうということに関しては,もう,焦らずにゆっくり話すことを心がけることしかできないだろう。「文法の間違いなんて気にするな」「とにかく話せ」というのが最もよく言われることだろうが,それを気にせずにいられたら,こんな風に苦手意識を持っていない。ああ,時制間違えた,とか,そういう小さなミスは自分の中で積もり積もってコンプレックスになっていく。だったら,そうしないように心がけるしかないのだと思う。次いで,文化を共有していないために話せないという問題については,もう開き直るしかないと思っている。何が何でも話すことがいいことではない。知らないことに関しては素直に聞き役に回るのも,時には仕方ないだろう。

しかしこういうことに優先して,最もコンプレックスのもとになってしまうものというのがある。発音である。

toianna.hatenablog.com

トイアンナさんが先日このような記事を書いていらしたが,本当にここに書いてある通りなのである。発音ができなければ,たまに何度繰り返しても通じないことがあるのだ。私自身は,一応発音に気をつけて話している。あなたの発音はとてもいい,と褒められることさえたまにある。しかしどうしても,日本語英語の最難関ハードルでいくつか超えられないものがある。たとえば,LとRの区別。そのレベルで何が発音がいいだよ,と思われるかもしれないが,Lは日本人が思うよりよっぽどねっとりした音であり,意識的に舌を上顎にくっつけなければきちんとした発音にならない。会話をしていると意識的な発音はそっちのけになってしまうことが多いので,何度発音しても"She is playing"が通じずおかしいなと思っていたら,手を組んで祈るポーズをされながら"Is she praying?"と聞き返されたことがある。またついこの前は,"My hometown is famous for ship-building(私の故郷は造船で有名なんだよ)"と言っているのに,無意識に"shi(シ)"が"si(スィ)"になってしまっていたらしくて全く通じず,最終的には綴りを言ってみてくれと言われて"S-H-I-P"と唱える屈辱を味わってしまった。文脈を考えればわかってもよさそうなものだが,どちらの場合も話し相手は非常に親しい相手だったから,私に意地悪をしているとはとても考えられない。つまり,正しい発音をしなければ文脈ですら理解できないときがあるということだ。さらに,これにはもうひとつ不利益がある。上に「屈辱」と書いた通り,私の場合は,これが一番落ち込むのだ。17年間も英語をやってきて,LとRやらshipとsipの区別もできないレベルなのか,と。おそらくこれが,コンプレックスにつながっていくのである。

Get Rid of Your Accent: The English Pronunciation and Speech Training Manual

Get Rid of Your Accent: The English Pronunciation and Speech Training Manual

  • 作者: Linda James,Olga Smith
  • 出版社/メーカー: Business and Technical Communication Services Limited
  • 発売日: 2006/07/19
  • メディア: ペーパーバック
  • 購入: 1人 クリック: 66回
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 さて,わかった以上はその克服につとめようと,一念発起してこんなものを買ってみた。1日最低1課を目標に,買った次の日から始めている。

ノンネイティブ,しかも帰国子女でもなんでもない人間にとって,この本はとても使いやすい。理由は,

1. 口蓋断面図が載っている。

2. さらにその横に,文章で発声器官をどのようにすべきかが書いてある。

3. 割とスパルタである。

 の3点に集約される。まず口蓋断面図の重要性は前掲のトイアンナさんの記事に書かれてある通りとして,私がとりわけ重視したいのは2と3である。

まず2について,たとえば"bark"などの「a:」の音に関しては,

Speech organs position:
Open jaw, relaxed lips; flat tongue pulled back a little. The sound is made in the back of the mouth.

という具合である。口蓋断面図を見てもなおわかりづらい場合,この文章でさらに確認すると非常にわかりやすい。

さらに3についてだが,まずp. 7の"Method of learning"というところに,

  1. Put your tongue, lips and jaw in the correct position for the sound
  2. Listen to the CD and try to imitate the pronunciation (5-10 min)
  3. Repeat each sentence without the CD (5-10 min)
  4. Record yourself, then listen to your recording and note down your mistakes (10-15 min)
  5. Repead the word where you made a mistake in the correct way three times (5 min)
  6. Activate the learned sound in your everyday speech

というようなことが書いてあって,読者を震え上がらせる。なんせ表紙にも書いてある通り,"Tried and trusted method used in London drama schools"なのである。生半可な覚悟は許されない。「5~10分練習」なんて,まるで日本人である。

また,各課はこれでもかとばかりひとつの発音を特訓できるように作られている。具体的には,ひとつの発音を何度も繰り返すのだが,音読すべき例文がいろいろ載っている。たとえば「a:」発音だと

Let's park our car at Barbara's as the car park is rather far from the theatre. 

という具合に,その発音が用いられているところ(つまり注意して発音すべき箇所)を太字で強調された文章がだいたい6つ載っている。さらにそのあとには韻文や早口言葉が載っていて,勘弁してくれというほど発音を練習することができる。何を隠そう,カラー刷りの見やすいチャラチャラした問題集や参考書より,問題をただ並べただけのスパルタな問題集が,昔から大好きであった。もっと早く出会いたかったくらいには,私の好みど真ん中である。

というわけで,飽きもせずここ数日発音の練習をしては,同居人にその成果を披露している。私が何の前触れもなく"Let's park our car at Barbara's as the car park is rather far from the theatre."だの"On our cruise to Bermuda we played snooker with our schooner crew."だのと言い出すので,同居人は困惑しつつも面白がっている。ただし,上にも書いた通りロンドンの演劇学校で用いられているメソッドとあって,かなりのイギリス発音である。私は知らずに買ったが,CDを聴いてびっくりした程度には,そしてアメリカからの帰国子女である同居人を驚愕させた程度には,イギリス発音であった。しかし私は昔からイギリス英語に憧れていたので,正しいイギリス発音が身に着くのなら願ったり叶ったりである。*1

しかし,こうしてみてようやくわかったことがある。私にとって「英語がうまくなりたい」とはどういうことであったのか,ということである。よく,「ネイティブ並み」に「ペラペラ」話せることだけが語学力ではないなどと言われる。確かに,それはもっともだと思う。しかし,それを踏まえてなお私は,ネイティブに近い程度の英語を使えるようになりたいのだと思う。つまり私は,どうやら自分が思うよりずっと,言葉に関してうるさい人間なのだろう。考えてみれば確かに,日本語に関しては相当うるさい自覚がある。そんな人間が英語に関して,「発音なんて気にするな」「文法なんて気にせずとにかく話せ」と言われても,無理な話である。そういうものだと思い込んでいた節があるが,それでは当の本人が納得できないのだ。そしてそれが積み重なって,コンプレックスになっていくのである。コンプレックスというものは相対的なものではなくて絶対的なものなので,いくら周りに英語を褒められたとしても,自分がそう思えなければ意味がないのである。これは今の今まで自分でも気づいていなかったことで,気づいたときには新鮮に驚いた。

さらに,英語圏に住んでいたとしても,発音の間違いを指摘してくれる人というのは,実はとても少ない。これはたとえば日本語を話す外国人に発音の間違いを逐一指摘するかと考えてみればわかることで,発音の間違いを指摘することというのは,割と失礼なことであるように思えるからだろうと思う。私の友人たちも,よくぞ今まで寛容に間違った発音を理解してくれたものだと思う。しかしこの前,話のネタにこの本を取り出して,こんなんやってるんだよと友人の1人に言うと,気になってるんなら今度から教えるよ,と言ってくれた。ダイエットと同じで,表明すれば周りは協力してくれるものであるらしい。私と同じように外国語の発音にお悩みの方,恥ずかしがらずに表明してみると,親切な友達が助けてくれるかもしれない。

そういうわけで,英語を学び始めて17年,英語圏に住み始めて4年,もうすぐ留学が終わる今になってようやくではあるが,特にこの4年間にわたって長々と私を苛み続けてきた英語への苦手意識をついに払拭したいと思っている。実はこれに加えて試していることは他にもあるのだが,発音編だけで5000字にも及んでしまったので,ほかの試みについては稿を改めようと思う。

*1:ちなみにアメリカ英語版もあるようなので,アメリカ英語を身に着けたい方はこちらをどうぞ。

Get Rid of your Accent General American: American Accent Training Manual (English Edition)

Get Rid of your Accent General American: American Accent Training Manual (English Edition)